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vol.2 遠州織物ってなんだろう? ナビゲーターとの出会い

vol.1では、はままつBABY BOXのプロジェクトがスタートするまでの経緯を綴ってきました。今回は、あらためて遠州織物とは何か、その特徴が語りにくいとされるなかで、はままつBABY BOXサポーターズ代表の桂川さんがどのように理解して行ったのか、追っていきたいと思います。


遠州織物ってなんだろう? 孤独なリサーチ

桂川さんが浜松に移住してきてから、染色作家としての作品づくりのために、遠州織物の歴史や特徴、どんな生地があるのかなどを調べていたと言います。ところが、知りたくても知ることのできない壁に突き当たることになりました。

「せっかく織物の産地で暮らしているのだから、自分の作品に活かしたいと考えていました。そこでまずはインターネットで遠州織物について調べ始めたのですが、なかなか詳しい情報が出てきませんでした。遠州織物についてまとまったWEBサイトはなく、やっとイベント情報を見つけたと思ったら数年前に開催したもの。もちろん、遠州織物に関する文献を読んだり、繊維産業の統計データや、関連する事業所を訪れたりすることもあったのですが、どれも断片的な情報で全体像をつかむことができなかったんです」

どんな会社がどんな生地を織り、どんな製品に仕立てられているのか。歴史的な背景と現状とが体系化して語られることの少ない遠州織物。初めは一人で調べていた桂川さんでしたが、それでは埒が明かないと感じていたところ、あるイベント情報を耳にしました。

「市内のコミュニティスペースで遠州織物の販売会が開かれるというので、行ってみたんです。すると、あるブースでさまざまな遠州織物の生地が販売されているのを見かけました。いくつかの織屋さんの生地が並び、どれも個性的。これほどに多種多様な生地があるなら、遠州織物って面白いかもしれない!と思いました。
作品に使う綿の生地は、品質が悪いと作品自体も安っぽくなってしまいます。販売されていた生地には、高品質で染料の含みが良さそうなものもあり、可能性を感じました。
と同時に、遠州織物のコーナーに浜松注染の生地が一緒に置いてあることを不思議に感じてもいました」

桂川さんが集めた遠州織物。遠州織物と一言で言っても多種多様な織り

ナビゲーターと出会い、遠州織物の特徴を掴む

会場で展示販売を行なっていたのは、遠州産地で働く若手の会「ひよこのかい」。メンバーが勤めている機屋で織られている生地を販売していました。

「ひよこのかい」とは、遠州織物に携わる浜松市内の若手職人やデザイナーらが集まり、産地を盛り上げることを目的に立ち上げられたプロジェクトのこと。代表の浜田美希さんは、首都圏の服飾系専門学校を卒業後、21歳で遠州織物の機屋・古橋織布へ就職した一人です。同プロジェクトでは、なかなか関わることのない同業者同士をつないだり、イベントの企画をする産地のキーマンとしても活躍していました。

桂川さんは早速浜田さんとアポイントを取り、後日古橋織布を訪ねることに。その時のことを浜田さんは次のように振り返ります。

顔を合わせると笑顔でいっぱいになる仲良しな二人。浜田美希さん(左)、桂川美帆さん(右)

「当時勤めていた古橋織布には、日頃からさまざまな人が直接生地を買いに来ます。浜松では、趣味の延長から始まってものづくりをされる主婦の方を『作家さん』と呼ぶことが多いので、最初桂川さんも似た立場の方だと思っていました。ところが、桂川さんが手にとって見る生地はどれも白地のもの。質問もこれまでの方とは違ってマニアック。調べると東京の芸大で講師もされる本物のアーティストだと知り、納得しました(笑)」

二人は東京からの移住者という意味では同じ立場。若い子がわざわざ移住してまで来る遠州産地には、自分がまだ知らない魅力がたくさんあるのかもしれない! と、浜田さんの存在があったからこそ希望が持てたとも桂川さんは話します。そして、一番気になっていた「遠州織物とは何か」との疑問も、浜田さんにぶつけてみたのでした。

「『遠州織物は、全国の産地の中でも最も定義が曖昧。浜松注染も遠州織物の一部。一方で、いろんなものを織っていることが強みである』。そんな浜田さんの話を聞いて、私の中での遠州織物のイメージがガラリと変わったんです。これまで特徴のないことが遠州織物のネガティブな一面だと思っていましたが、別の視点から見れば多様性というポジティブな一面にもなるんだって。浜田さんは、客観的でフラットに遠州織物の特徴を言語化してくれる初めての人でした。それでようやく遠州織物とは何か、納得することができました」

遠州織物の産地において俯瞰的な視点を持っている浜田さんは、まさに遠州産地を知るうえで、そして商品を開発していくうえで、必要不可欠なナビゲーターだったのです。

社会的な意義があり、多くの人を巻き込むプロジェクト

桂川さんは、浜田さんへはままつベイビーボックスについても意見を求めました。vol,1でも触れたように、当初、遠州織物の関連事業所からは、ことごとく厳しい見方をされることが多かったこの企画について、浜田さんはどのような印象を持ったのでしょうか。

「純粋に面白い!と思いましたね。確かに、企画の全部を叶えることは難しいと感じました。ただ、これまでの遠州織物の商品企画では、趣味の延長にとどまるものづくりが多く、行政の取り組みも一部の作り手と業者で完結してしまうものばかりでした。桂川さんはプロのアーティストという立場の方でしたし、企画にはさまざまなクリエーターさんや機屋さんが参画できるものだったので、これまでとは違うプロジェクトになるだろうと期待が持てました」

特にはままつベイビーボックスが他のプロジェクトと特徴を分けた大きなポイントは、ベビー用品に着目した点だとも桂川さんは説明します。

「遠州織物は高級シャツで有名であるため、素材の良さを謳った商品企画が多くなります。そうすると自ずとターゲットは高齢層。ただ、高齢層に向けた商品をつくっても、この先にどれだけ次世代にその価値を伝えていけるのかが疑問でした。きちんと若い世代に遠州織物の価値を伝えていかなければ、衰退の一途をたどる繊維産業の状況を変えることはできません」

そこで赤ちゃん向けの商品をと思いついたという桂川さん。そのアイデアを確信に変えたのはある統計データでした。

「これから少子化が進む中で、一人の赤ちゃんにかける金額が高くなるという統計結果を知りました。同じオムツでも高品質なタイプが選ばれる。その傾向は、遠州地域でも当てはまると思ったんです」。

つまりはままつベイビーボックスには、これまでの遠州織物に関するプロジェクトの中でも、持続可能性をめざした企画である点でも新しかったのです。

ちょうど同世代の友達が出産するタイミングで、遠州織物で出産祝いを送りたいと思っていたという浜田さんとも意気投合。こうして桂川さんは、浜田さんという、はままつベイビーボックスプロジェクトを支える、最初で最強のサポートメンバーを得ることに成功したのでした。

ナビゲーターの案内でプロジェクトが一気に現実化

「浜田さんを頼りにすると、さっそく具体的なアドバイスをもらうことができました。ベビー用品の開発に必要な検査基準のこと。どこの試験センターを通すと良いとか、気をつけるポイントなど。または、スタイ、おくるみ、新生児服などそれぞれの商品に適切な生地はどの会社が織っているのか。その会社にはどんな色使いの生地があって、この商品にはあの生地がぴったりだとか。複数の選択肢の中から浜田さんという目利きが推薦する生地や会社を比較検討できる、その安心感は絶大でした」

何も知らない状態で機屋さんに出向いても、すべての生地から一つひとつ選ぶ作業が必要となったでしょう。それは機屋さんにとっても負担が大きかったに違いありません。桂川さんが浜田さんの助けによって、ある程度の「あたり」をつけて動いたことで、検討の時間短縮にもなり、プロジェクトはスピード感を持って順調に進んでいきました。

今ではともに遠州織物を盛り立てる同志的存在に

「自分自身は考えてアイデアを出すことは好きだけど、いざ実行するのは苦手だったんです。桂川さんに出会って、自分の代わりにやってくれそうな人を見つけた! と私も嬉しかったんです」と浜田さん。

産地の中を知りすぎて、先回りしてアイデアを断念しまうことが多かったと言います。一方で桂川さんは、産地の事情を知らないからこそ、周りの人が無謀だと思うようなことも果敢に挑戦できる。双方にとって遠州織物を盛り上げるために必要な人物だったのかもしれません。

こうして現実化に向けて一歩を踏み出したプロジェクト。そこへ大きなチャンスが飛び込みます。浜松市産業振興課が事務局を務める遠州産地振興協議会の協力で、おくるみのサンプルなどをつくれることになったのです。

次回はサンプルづくりについて、綴っていきたいと思います。

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