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作曲、編曲家、ギタリスト「馬場”BABI”一嘉」あらためてその音楽人生を語るno+e〜第5章「星のかけらを探しに行こう」その①

割引あり


「星のかけらを探しに行こう」〜その①


何曲も何曲も書いては森川さんのところへ持って行った。

その中で、明らかにニルヴァーナの影響を受けて創った曲があった。


僕はPOPSを創りたくてバンドを辞めた、という風に書きましたが辞めて以降、何を聴いたって何を自分に取り入れたって良い、という自由が楽しくて改めて音楽ファンになっていました。

グランジと呼ばれていたジャンルは時代的にもちょっとズレていてまあ有名なバンドを聴く、に留まっていましたがそれでもニルヴァーナの衝撃は凄かった。


この完全に整理された音像(きっとバンドにとってはオーバープロデュースだったと想像しますが)と衝動が絶妙に同居したこのアルバムには当時本当にヤラレました。こればかり聴いていた時期があります。

他の、グランジとカテゴライズされていたバンドにはこの聴きやすさが無かったのと、ハードロックをベースにしているバンドも多かったからあまり馴染めなかった。
僕はやはりパンクがベースの方が好きだった。

時代はタワレコ、HMV大全盛期、渋谷系というワードもガチでリアルタイムでした。地で渋谷系ど真ん中を行っていたと思います。
フリッパーズ・ギターもアズテック・カメラも大好きだったし、ネオアコブームみたいなのにも完全に乗っかっていました。

お洒落なジャケットのCDをジャケ買いしに渋谷へ出掛けていくのが楽しくてしょうがなくて。HMVの試聴コーナーと古着屋には何時間でも居れた、だいぶ遅く来た青春時代のような感じでした。


同時期に訪れたのがシューゲイザーの波でした。


もう本当に好きでした。マイブラ、ジザメリ、RIDE、Lush・・・

バンドを辞めてから僕はこういうバンドに夢中になっていました。



話を戻しましょう。

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