地図に咲いた一輪の花

僕は地図を手に入れた
街の片隅で営業している古物店だった
入り口には営業時間が掲げられているがきっと当てにはならない
その日だって本来は休業日だったのだから
ガタガタになった入り口の引き戸を開ける
いらっしゃいの声の代わりに鼈甲の眼鏡越しで見つめる白髪のマスターの視線があった
そして焦点がずれ視点がその後ろに合った時
一枚の古びた紙が貼ってあることを知覚した
それがこの地図だった
買おうと思った
きっとこの中にその訳が落ちていると思った
根拠はなかった
「これは売り物ですか」
マスターは答えることなくその古びた紙を黙々と剥がし新聞紙で包み始めた
「いくらですか」
目を合わせようともしない
そして最後に筒状になった重なる2枚の紙を輪ゴムで結び僕に手渡した

「あぁ、いつだったかな。たぶん小学校低学年の時だったと思うんだけどな。お袋が買い物に行った帰りにどっかから黄色の花を一輪摘んできたんだよ。俺も別に花に詳しい訳じゃ無いから名前もよく知らなかったんだけど、急にお袋がガサガサ押入れの奥を探し始めたから何かと思ったら、出てきたのが見たことない花瓶だったんだよ。それをお勝手できれいに洗って、摘んできた黄色い花を挿して、鼻歌なんて歌いながらちゃぶ台の上に置いたんだよ。なんか、お袋のそんな姿見たことなかったからちょっとびっくりしちゃってな。そんでな、その日の夕飯の時に親父も言うんだよ。きれいな花だなって。普段そんなこと言わないくせに。それを聞いたお袋もなんだか嬉しそうでな。まぁ、どうでもいい話なんだけど、店に入ってお前さんと目があった時に、なんでかわからないけど、そのことを思い出したんだよ。なんでだろうな。今日は風が冷たいからかな」

財布を出してお金を出そうとする僕にマスターは掌を向けて首を横に振った

急いで家に戻り地図を部屋の床に広げた
筒状になっていたので紙の両端が少し丸まった

この地図の何処かに落ちている気がした
でもこれから落とすのかもしれないとも思った
もしかしたらこの地図の外かも知れないし
今見ているこれは地図では無いのかもしれないとも思った
それでも探したいと思った
この地図を片手に探したいと思った

あれからかれこれ20年経つが
すでに見つけた気もするし
まだ探しているような気もしている

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