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「月に憑かれたピエロ」に憑かれた僕(1)

「月に憑かれたピエロ」(以下「ピエロ」)は、オーストリアの作曲家アルノルト・シェーンベルク(Arnold Schönberg, 1874 - 1951年)による、アンサンブル伴奏付き連作歌曲(全21曲)です。

先にお断りしておくと、この記事は「ピエロ」の紹介記事・解説記事・ファン記事のどれでもありません。

なので、「ピエロ」自体について詳しく知りたい方は、こちらに川島素晴先生(作曲家・国立音楽大学准教授)の素晴らしい記事と演奏動画がありますので、そちらを御参照ください。

正直、なんの曲でもよかったのかもしれませんが、僕は指揮を始めたころのある時期「書かれた音楽作品をどう読み、咀嚼し、音にするか」というプロセスにおいて、とても大事なことを、たまたま「ピエロ」という作品に教わったので、その話です。

僕がこのイカれた作品とどう出会い、どう取り組2み、これからどう向き合ってゆくか、というコボレ話。

1)出会い
2)スコアを買う
3)ベルリンドイツオペラの食堂にて
4)イチから読み直し

1)出会い

多分僕と「ピエロ」の出会いは日本の大学での現代音楽の授業だったんじゃないかと思う。その授業は演奏科の学生に「現代音楽の基礎の基礎」みたいなことを教える授業で、古くはストラヴィンスキーの「ペトリューシュカ」で「復調っていうのがあって。。。」みたいなことからやる感じの授業。

そこで「ピエロ」の回があって、「シュプレヒゲザングとは」とか、「18番『月の染み』が、2重カノンが鏡になってる」とか、そういうことをやってたのは覚えてる。

しかし僕は別に20世紀音楽が特別好きだったわけでもなく、トロンボーン科だったし、「将来自分がやるかもしれない音楽」ではなかった。

「世の中にはそんな物もあるのね」程度。


2)スコアを手に取る

それから4年、僕はベルリン音大トロンボーン科4年生も終わる頃。「指揮」というものを始めて1年くらい。学校の中で友達を集めたアンサンブルで、中編成くらいのアンサンブル曲だったり、作曲科の試演会だったりで、手当り次第指揮してた、そんな時期。

多分そんな理由で「ピエロ」に手を出す「指揮したい系音大生」は多いと思う。器楽科5人(ビオラが別の人なら6人)、声楽科1人、計6-7人プラス自分。集められない人数ではない。

そう思って「ピエロ」のスコアを買う。なるほどなるほど、複雑な楽譜。世の中の人達が「『ピエロ』が難しい」というのも納得。

でもね、僕は持ち前の「ソルフェージュ力(※)」があるし、ドイツ語も分かるし、出来るできる。

「けっこー大変だけど、僕こういうの得意!」

(※「ソルフェージュ力」、なんて安直で一面的な言い方だ。。。でも当時は本当にそう思ってた。)


3)ベルリンドイツオペラの食堂にて

スコアを買ってから、だいたい3ヶ月くらいたった。時間が出来れば音を読んで、歌詞を訳して、そろそろ「読み終わったかな」という感じ。

当時僕はマヌエル・ナウリ(Manuel Nawri、現・ザール音楽大学教授、現代音楽指揮科)に私淑していて、ベルリンドイツオペラの初演プロダクションの下振りをしていたので、たしか昼休みにマヌエルと2人、職員食堂でピエロの話になったんだとおもう。

バ「『ピエロ』やってみようと思って、読んでるんだ。どう思う?」

マ「。。。ほほーう(・ε・` )ちょっとスコア、見せてみ。お前ならこの曲、どっからどうやって読み始める?」

それからマヌエルが僕に教えてくれたことが、どれだけ当時の僕に衝撃的だったか、ぶっちゃけ書けない。書きようがない。

「このフルートのクレッシェンドは、月の光が差して来てるだろ?」

「ここで突然『溢れる』から、subito Forteだろ?」

「このバイオリンはフラジョレット(倍音)でビブラートせずに『水平線』になるだろ?」

「ここで現実から意識が離れそうになるリタルダンドで、パッとテンポが戻って現実に引き戻されるだろ」

「ここでチェロが入ってくるときに、ようやく『詩人』が出てくるだろ?つまり『詩人=チェロ』だ」

「しかもシェーンベルクがチェロ弾いてたって知ってたか?つまり『詩人=チェロ=シェーンベルク自身だ』

そんなような、疑問にも思わない事、一つ一つについて、「こうだから。」と、説明してくれたのである。

そんな感じで1曲目「Mondtrunken」を解説してくれて、「おっけー、大サービス終了。あと20曲、頑張れ」。

正直、こう思いました。

「あ、これは、僕には出来ない。」

「この曲をやる能力は、いや、読む能力は僕にはまだない。」


4)イチから読み直し

ボコボコに打ちのめされた僕は、それからもう一度「本腰を入れて」「ピエロ」を読み直すことにした。

もはや「ピエロ」を実現するかどうかは重要ではなく、多分僕の人生において「楽譜を読む」という能力に、大事なことがこの「ピエロ」に詰まってる、ここ踏ん張らないと先に進めない、と、本能的に思ったんでしょう。

でもどうやって?理論書でも読む?解説書でも読む?

いや違う。そういう訳でもない気がする。自力で何とかしなければいけない気がする。

誰にも教わらずに出来ることは、

「1個1個のパートを、歌う(or/and 弾く)。」

「ちょっとでも怪しい単語があったら、辞書。」

みてください、以下の歌詞(第1曲目)。

Den Wein, den man mit Augen trinkt,
Giesst Nachts der Mond in Wogen nieder,
Und eine Springflut überschwemmt
Den stillen Horizont.

Gelüste schauerlich und süss,
Durchschwimmen ohne Zahl die Fluten!
Den Wein, den man mit Augen trinkt,
Giesst Nachts der Mond in Wogen nieder.

Der Dichter, den die Andacht treibt,
Berauscht sich an dem heilgen Tranke,
Gen Himmel wendet er verzückt
Das Haupt und taumelnd saugt und schlürft er
Den Wein, den man mit Augen trinkt.

太字にマークした単語は、当時僕が辞書で調べた単語です。

13行で17行。

今となっては、これだけ分からない(怪しい)単語がありながら、どうして「読み終わった」気分になっていたのか、全くわかりません笑

「今まで、どれだけのことを見落として来たのか!」

まだまだ長くなりそうなので、第2回に続く!

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