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知らない女性が勝手に出入りしているの(別居嫁介護日誌#02)

浮気窃盗疑惑事件から半年ほど経った頃、携帯電話に夫の実家から着信があった。留守電を聞くと、義父の声で「警察から連絡がいくかもしれないので、そのときはよろしく」とメッセージが残されていた。

(前回の別居嫁介護日誌はこちらから)

何のことやら、さっぱりわからない。あわてて夫の実家に電話をかけると、義父が出た。

「ああ、電話ありがとう。こちらは元気にやっています。そちらはどうですか」

「はい。おかげさまで元気に……いや、あの、そうじゃなくて、さっき留守電聞いたんですけど、警察からの連絡というのは……?」

「ああ、あれね。どうも留守中に泥棒にやられたようで、今日警察署に届けてきました」

義母が「主人は警備会社が怪しいって言うんですけどね」と言っていたのを思い出す。あの盗難騒ぎが再燃しているのだろうか。

「それは……大変でしたね。おとうさん、おかあさんが無事でよかったです。……ちなみに被害に遭われたのはいつ頃ですか」

「数日前に買い物から帰ってきたら、部屋の様子がおかしくてね。調べてみたら案の定、現金や通帳がなくなっていて……。すぐに110番通報したんだが、やってきた警官というのにどうもやる気が見られなくて。それで仕方なく、こちらから警察署のほうに出向くことにしました」

「そうでしたか……でも、ご無事で何よりでした」

例の話とは別件らしい。義母の話を聞いたときは、単なる記憶違いだとタカをくくっていたけれど、本当に空き巣被害に遭っていたとしたら申し訳ない。でも、警察署に届けたなら、見回り強化など何かしら手は打ってくれるだろうし、結果オーライかもしれない。さすが、おとうさん! だが、話はそこで終わらなかった。

「持っていかれた現金はおそらく出てこないでしょうな。まあ、なくなったと言っても数万円だし、通帳は再発行すればいい。ただ、知らない女性が勝手に出入りするのだけはなんとかしてくれないと困るんだが……」

「え? 勝手に出入り……ってどういうことですか」

「僕も詳しいことはよくわからんのですよ。家内に代わるので聞いてやってください」

いや、おとうさん、ちょっと待って。引き留める間もなく、電話の向こうで「おーい、電話だぞ。おーい、おーい」義父が叫び始めた。そして、義母が電話口に現れた。いつもにも増してテンションが高い。

「あらー、わざわざお電話くださったの。ご心配かけてごめんなさいね。あの人ったら、わざわざ電話なんてしたら心配かけるだけよって止めたのに。あの子、どうしてますか? 風邪引いてないかしら」

「風邪ひとつひかず、元気にやってます。それはそうと、あの……知らない人がご自宅に……と、おとうさんに伺ったんですが」

「そう! そうなの。本当に厄介な思いをしているんだけど、こんなこと、どなたに相談すればいいのかわからなくて」

義母は急に声を潜めると「知らない女性が勝手に出入りしているの」と、義父と同じフレーズを繰り返した。盗難騒ぎで警察を呼んだとき、集まってきた野次馬の1人だという。

「それ、ものすごく迷惑じゃないですか! どんな人なんですか?」

「ちょっと小太りの女性ね。年齢はあなたと同じぐらいか、もう少し年上かしら。ご近所のみなさんが帰られた後も、その人だけが残っていてね。なんだか気味が悪いなとは思っていたんだけど。じーっとこっちを見ていてたと思ったら、空いていた1階の窓からバッと入ってきてね、そのまま、押し入れのふすまを開けて、スルスルーッと天袋を通って、2階に上がっちゃったの。びっくりしちゃうわよねえ」

「そ、それは驚きますね……」

何かとんでもないことが起きていると直感した。これは単なる空き巣話ではない。でも、その「何か」の正体がわからない。もっと詳しく話を聞く必要がある。でも、どう質問すればいいのか。焦るわたしを尻目に、義母の声が底抜けに明るい調子に戻った。

「もう、こんな話を聞かせちゃってごめんなさいね。でも、大丈夫だから、あんまり気にしないで。あなたも仕事が忙しいでしょうから、そろそろ電話切りますね。あの子にもよろしく伝えてください。さようなら、お元気でね」

一方的に言うと、義母は電話を切ってしまった。


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