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②手紙

今朝、朝イチで手に触れたやや大きめの封筒。

中には、アンナプルナの雪山を背景に鮮やかな真紅の花を咲かせた1本の木の絵葉書。その裏側には小さな文字がびっしりと英語で書かれてある。手紙を何通かやりとりした、私が心から敬愛するデンマーク人の男性からのものだ。

彼とは、インドのダージリンの茶畑を見下ろすカフェで出会った。私はバックパッカーでとりあえず手持ちのお金が無くなったら帰国しようと、アジアをあちこち放浪中で、その人は、あとで聞いたところによると、昨年は南インドを自転車で半年くらいだったか?かけて一周し、今年は北インドをやはり自転車で同じ期間を一周しているその途中とのことだった。

日本を出国して3ヶ月以上経ってたので、私の心身のペースはすっかりインド時間に慣れていた。日本の常識非常識はどこか遠くに置き去りになっていて、インド人との接し方のコツのようなものも掴めていて、とりあえず服の下の身体に巻き付けてある貴重品入れに入ったパスポートとトラベラーズチェックさえ無事なら何とか生き残れると、身軽で心地よくいた。

何気にふらりと入ったダージリンのカフェだった。中に入ってみるとこじんまりした店で小さな窓からは一面に茶畑が広がっていた。緑の葉っぱが広がってて、ああ、これが有名なあの紅茶になるんだな、きれいだな、とふわりと思った。そうしてあまりにも心地良かったので、若干賑わっていたカフェだったけど、そのまま私は瞑想を始めた。って、ぼおっとしてただけだけど。

で、そのぼおっは、わずか数分後にいきなり消滅した。目の前にいきなりブロンドで短髪の男性が現れて声をかけてきたから。「相席してもいいですか?」

私はあちら側に行ってた意識がいきなりこちら側に引き戻されたので、「あ、え、私今瞑想してて、、」あれ?何を寝ぼけた返事をしてるのかと自分でも戸惑った。すると彼は「あ、すみません。」と慌てて他の席を探そうとした。私は「あ、いえ、大丈夫です。もう終わりました。」とやはりまだ少し混乱したままで、引き止めた。そして彼がまた少し遠慮しがちに私の目の前に座った時、何て言うのか、すうっとした物静かな清らかさが、私の五感を通過した。押し付けがましかったり圧倒するようなものではなく、ゆっくりと自分が清められてゆくようなそんな存在感。これまでに無かった感覚。素敵な直感。

今の私でもあの頃のように、本当に美しい人を五感で嗅ぎ分けることのできる感性が、まだ残っているだろうか?あるいは以降、こんにちに到るまでのジェットコースターのように流された人生を送っているうちに、鈍麻してしまったろうか?それとも、逆に過敏になり過ぎて、そういう人たち以外の人と関わることについての耐性が損なわれてしまってるんじゃないだろうか?(むしろこれのような気がする。)

とてもスムーズに穏やかに、私たちの会話は始まった。第一印象は強烈なものではなく、ごく普通の人ではあったのだけど、存在が何気に澄んでいる。この人は200%信頼できる人だ、とすぐにわかる。そして言葉をひとこと、ふたこと、と重ねていくうちにその澄み具合がますます確実なものとなってゆくのだが、私は私でいられる。そのままでいられる。ただただ居心地のいい人だった。

ダージリンの後はカルカッタに戻るの。そうなの?今マラリアが少し流行してるよ、薬持ってる?ううん、持ってない。処方箋書こうか?え、そんなの書けるの?僕は専門がmedicineの学生だから(と、ペンと紙を取り出そうとした)。(私は薬ということであれば薬剤師さんだとその時思ったが、後で医学生だと知る、)ううん、大丈夫、どうありがとう(彼の手間をかけさせたくなかった)。そう?(少し納得いかない顔をしたが、)とりあえず書くだけ書いておくね、使わなかったら使わなかったでいいから、万一の場合のためにね(さらさらと、アルファベットを書き並べた後、私にそっと手渡す)。ありがとう。

私、ユースホステルに泊まってるの。僕もそうだよ。いつから?昨日から。男女同室なのに気づかなかった、本当にいたの?いたよ、ベッドでは寝てないんだ、寝袋でベランダで寝てるよ、部屋の中、ちょっとうるさいでしょ?ベランダは静かだし、虫の声と朝は鳥の声が心地いいよ。うわあ、素敵だね、私は虫に刺されやすいからできないな、寝袋も持ってないし、いいね。

そして、お茶して長話した後、そのまま一緒に夕食を取り、一緒にホステルに帰った。彼は自転車を引きながら歩いた。

部屋は彼と同室だったが、世界各地の男女が10数人同じ一部屋。皆、それぞれが感じのいい人たちだった。中にベッドは15台くらいあったように記憶している。外がすっかり暗くなると、彼は「おやすみ」と言ってベッドは荷物置きに使い、ベランダに移動した。

翌日、私が起きた時には彼の姿はもう無かった。日の出日の入りと共に寝起きしてるなんて、プリミティブだなあ、そういうのいいなあ、と思いつつ、ふらりと外に出た。低地とは異なる山の空気の心地よさを存分に楽しみつつ、茶畑や街中を散歩した。

すると、座った目をした妙に馴れ馴れしいインド人の若い男性がひとりつきまとってきた。ハロー、ディディ(女性のこと)、どこに行くの、案内しようか?やんわり断って(本当ははっきり言う必要があったのだが、ダージリンの街の穏やかさとデンマークの彼との時間の名残につられた)振り切った。で、いつもは振り切ってオワリ、のはずだったが、最後に彼が私に向けた言葉が、「I love you!」はあ?変な人。当時は私も若い女子だったので、ナンパもどきはたまにあったが、初対面のインド人でここまで露骨に言う人はいない。

視線が、なんていうか、狂気が垣間見える。なんか、この人危ない。離れよう。くわばら、くわばら。

離れた後はそのインド人の男性のことをすっかり忘れて気にせず、散歩を続けた。ちょうどお昼頃、デンマーク人のおにいさんとばったり会った。自転車は引いてなかった。「ランチいっしょにどう?」「いいね。」

レストランに入る。注文する。会話を楽しみつつ食事をする。

そしてほぼ食べ終わりかけた時、あのインド人が入店し、私たちのテーブルの真横に立った。そして、銃口を彼に向けた。私と彼は見つめ合ったまま固まった。頭が真っ白になった。

おそらく1〜2分くらいなものだったと思う。インド人は笑い出しながら言った。

「あはは、冗談だよ。これはおもちゃなんだ。本物じゃない。気にするな。僕たちは友だちだ。」

彼は表情がこわばったまま、相手を見ないで、私の目を見つめたまま、静かにはっきりと呟いた。"No, you are not my friend! "

インド人の目が切れた。むすっとした。だけど、デンマーク人の彼の毅然とした態度にまともにぶつけることができず、怒ったまま舌打ちをして店を出た。店にいた人たちは誰も私たちのことに気づいていなかった。

私はついさっき、あのインド人に声かけられたことを話した。そして、銃を見た時、作りが安っぽく、なんとなく偽物のような気がするとも思ったが、銃についての知識が無いので確信できなかったことも話した。

「偽物だと気づいてたの?」「確信は無かったの。」

死を覚悟した直後の彼にしては、落ち着いていた。そして私が偽物かも、と言った時「状況はわかるが、なぜその時、僕に伝えなかったのか?」と言ったようなことを考えてるように、私に推測させてしまう表情を見せた。もし私が、こういった緊急時に対処するだけの才能がある人だったら、彼が経験した恐怖感はもう少し少なくて済んだかもしれなかったのにな、と、申し訳なく思った。

翌日、私たちは別れた。彼はカトマンズに向かい、私はカルカッタに向かった。感謝を伝え合い、連絡先を渡され(私は当時親と喧嘩し、家出みたいに日本を飛び出したので、帰国後の住所が未定だった)、誤解してしまうくらいに力強く長い時間抱きしめられ、そして別れた。

帰国してから手紙を何回かやりとりし、誕生日ギフトも2回往復くらいやりとりした。

彼の手紙は紛らわしかった。優しさゆえ、寛大さゆえというのは理解できるのだが、私はとてもぐらついた。礼儀だたしさから?できるだけ周囲の人との関係性に気を配っているから?デンマーク人だから?私が日本人だから?表現法が異なっているから?

そこで私は日本人であることを、傍に置いておいて、私の彼に対する感情をストレートに書いた。過不足無く等身大で。良き友人として、一人の地球人というか生命体として、あの清らかに打たれ続けていることなど。性別や恋愛感情うんぬんはまったく飛び越えたところで。、、と言いつつ、実際にそうではない。そこは秘めた。だけど、言葉に滲み出てしまったみたいだ。

アンナプルナの絵葉書の裏側にかかれた、びっしり詰まった文字。

「読んでてとても嬉しかった反面、とても強烈な文章に憂いを感じている。僕たちは通算24時間も共に過ごしてない。だけどお互いによく理解しあっていると思うし、君を素晴らしい人だと思う。だけど、反面、僕は君のことを知らない。また君は僕のことを買いかぶっている。リアルな僕を知ったら、君は幻滅するだろう。僕たちはお互いを瞬間で見つめ合ってただけだし、その短時間で互いを知るのは困難だ。」

「だけど、君はいつだってコペンハーゲンに来るのはウェルカムだし、僕は近いうちに引っ越す予定だ。だから僕の両親の住所を記しておくよ。万一、僕たちが連絡取れなくなったとしても、両親を通じて連絡することは可能だから。」

読んだ時、笑ってしまった。少しさみしくもあったけど。

あなただってものすごく紛らわしい手紙を書いてきてるのにな。なんかフェアじゃないな、と思いつつ。

だけど私は最初からわかってたことがあって、「この人の住んでる川の水は、私が住んでる川の水より清らか過ぎる」と。だから、このくらいの繋がりがベストな状態であって、これ以上近づくと不具合が生じるはずだと。私はこの人と時間をシェアできただけでそれで十分ラッキーだ。この人の出会いのおかげで、少なくとも私の人生が、300%人生を豊かなものになったはずだ。

そして、長い文章の締めくくりにこう書いてあった。

「このカードは僕がカトマンズで購入し、帰国してからずっとほぼ1年の間、僕の部屋の机の上に飾っていたものです。このハガキは僕に、強さ、美しさ、そして野生的であることを語ってくれている。永遠に終わることのない愛について何度も確認させてくれるんだ。愛はナチュラルなものであり、美しさであり、そして人生であると。」

まぎらわしいな(笑)。

確かに、この絵葉書を通じ、ダージリンでの彼の存在感が浮かび上がってくる。永遠に終わることのない、強さ、美しさ、野生、愛。人生。

30年前の出来事。それでも、「永遠に終わることのない」大切な記憶。

今の私は、私のことが好きか?と問われると即答できない。自分のことが一番好きだったのは、このダージリンで彼と過ごしたわずかな時間だ。理由はよくわからないけれど、私が人生で最も浄化されてた時間のような気がするから。

これでこの絵葉書について、写真と、それについてのエピソードも残せた。だから今から、この美しい絵葉書を破棄する。あのダージリンの頃のように身軽になるために。










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