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夏の夜の夢

さあ、明日からもぼちぼちがんばるか、と自分を励ましながら
日曜の夜、私は電灯を消し、ベッドに入った。

窓から月あかりがさしている。
明日も晴れみたいだから、朝から草刈だな。
また班長からダメ出しされるのかな。
磯田さん、明日は機嫌がいいといいな。

とにかくお弁当はスタミナ重視で行こう。
経口補水液を忘れるな!

スタミナかあ。豚のスライスがあったから、生姜焼きにしようかな。
千切りキャベツを敷いて、そうそう、玉ねぎを別炒めにして後で合わせると味に変化が出てとかなんとか3分クッキングでキューピーちゃんが・・・踊ってら・・・

ふわーっと眠気がさしてきたとき、
コツン、コツン、ピンポーン!コツ、コツ。

「え、だれ、今頃?」
戸惑いながらも素早く起き上がり、足音を忍ばせてドアの覗き穴から外を見る。
誰もいない。常夜灯が階段の手すりを照らしているだけだ。

こんな時間にピンポンダッシュってことは、ないよね。

気味悪く思いながらも、チェーンはつけたまま少しドアを開けてみた。
と、足元でバサバサと音がする。

「え、これ、カラス?」



「こんばんは、カラスです。
人間は私たちをカラスと呼びますよね。
そのカラスです。
今日はお礼に参りました」

私は、これは夢なのかといぶかりながら、カラスがずさーと引きずって来たものを見た。
それは、ところどころ破けているレジ袋で、中に何か入っている。
ペットボトルのフタ、食パンの袋の止め具、クリップ、缶詰のフタ。

「わ、ゴミ」
と、口走ると、カラスは
「え、ゴミ?これゴミなのですか?
こんな綺麗なものがゴミなのですか?」
と、ハトのように目を丸くした。
「そうか、人間にはこれはゴミなのか・・・私は宝物を持ってお礼に上がったつもりなのですが」

いかにもがっかりしたように袋を離した。
大きな嘴を床に突き立てて脚と3点で固定して、うなだれている。
落胆激しい様子だ。

そういえば、カラスは光るものが好きだって、聞いたことがある。
でもこれはゴミだ。
確か、ペットボトルのフタは燃えるゴミでいいし・・・あ、集めてるお店もあったな。缶詰のフタは・・・いやいや、そんなことよりも、

「お礼?
(これはカラスの恩返し的な夢?)」
なかなか醒めない夢に不安になりながら訊いた。


「おや、あなたは憶えていないんですか?
毎日毎日、私にクルミを割ってくれましたよね?
あの、山あいの田んぼを通る農道で」

言われて気が付いた。

毎朝出勤する時に、田んぼの間の農道を通るが、カラスがたくさんいて
クルミを落としては道の真ん中でつついている。
カラスは、車が近づいてもギリギリまでよけないでいる。
田んぼの奥は深い山林で、クルミの林でもあるのか、何羽ものカラスが実を道に落とし、割れないものは車に轢かせて、実をつついているのだ。

私は毎朝、なかなかどいてくれないカラスにイライラしていたが、ある日、車が迫ってクルミから離れる時のカラスが、なんともいえない未練タラタラのしぐさをすることに気がついた。その様子を毎日繰り返し見ていて、私は彼らが落としていったクルミをついでに轢いて、割ってみるようになった。

「私が落としておくと、いつもあなたが上を通って割って行ってくれました。実は私、嘴がちょっと虫嘴(ムシバシ)になっちゃって治療中だったんです。
子ども達は・・・あ、こう見えても、子どもが7羽いるんですよ。
一太郎に次助に、三平、四之助、、、あ、それはまあいいか。
みんな男の子でね。食べ盛りなんですよ」

若く見えるのに、意外や子だくさん。
のこり3羽の名前も知りたくなるじゃないか。

「虫嘴は先っぽのほうだと鈍感なんですが、奥の方なので、なにかと痛みが頭にまでガンガンくるんで、食事にも困っていたところだったんです。子ども達は空腹でカアカア鳴き通しだし。
私もお腹が減ってふらふら飛びながら、クルミを落としに行ってたんです。
クルミはよく乾いてるやつなら、電柱くらいの高さから落とせばパカッと割れるんですよ。でも私は高く飛べないもんだから、落としてもなかなか割れなくて。
そしたら、あなたがわざわざクルミの上を通って、割って行ってくれるんだもの。それから何度も」

カラスは余程ありがたかったようで、感極まって涙ぐんで見えた。

いやー、あまりにもどかないから、えい、カラス轢いたら轢いたときの事!と、突破ついでにクルミを踏んで通っただけなんだけど。
今それは黙っとこう。

「ですが、私が1年がかりで集めたこの宝物は、あなたにはゴミなんですね。ああ、どうしたら、ご恩返しができるのかなぁ」
またカラスは、嘴と両脚の3点で支えながら、じっとうなだれてしまった。


「ところで、どうしてカラスなのにしゃべっているの?」
夢なんだからそれもアリかと思いながらも、一応聞いてみた。

カラスはまたハトみたいに目を丸くして
「え?だって、みんな会話しますよ。フクロウだって、カマキリだって。
むしろ、人間ってなんで、私たちとコミュニケーションしないんですか?」

「ん?」

「人間って、人間としかしゃべれないんですか?」

「ん?」

「人間だって、大昔は樹や風や、カラスの祖先や恐竜としゃべっていたって、カラスの言い伝えにはあるんですよ。人間の言葉が広まるまでは、ですね」

ふーん。
なかなか含蓄のある話をするカラスだ。
言葉がコミュニケーションを阻んだとでもいうのかな。
うん、それは私も感じることはある。学校でもそうだったし、職場でも。

そして今、こうしてカラスと会話できているのって、どういうことなの?
もしかしたら初めから、言葉ではない何かで、このカラスと会話していたのかな?

さっきから気になっていることを聞いてみる。
「ねえ、7羽のお子さんたちのあと3羽の名前は何?」
カラスはちょっと顔を赤らめて、翼をパタパタさせた。
「ゴードン、ロッキー、あと・・・セバスチャンです」

うーーーむ。そう来たか。
最後の、執事めいた名前はいったい・・・
しかし、よく考えてある・・・
セブンちゃん、せぶんすちゃん、せ、せば、すちゃん・・・


目覚まし時計が鳴った。
夏の太陽が室内を照らし、すでに気温が上がり始めている。
やっぱりあれは夢だったのか。

起き上がった時、足元でガシャガシャとレジ袋が鳴った。

ペットボトルのフタ、食パンの袋の止め具、クリップ、缶詰のフタ。
まだ割れていないクルミ。

「あのカラスの母さん、虫嘴、治ったのかなぁ」
お弁当の準備をしながら、今日もクルミを踏んづけて走ろうと思った。





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