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【#白4企画応募】いっすん桃太郎


緑深く優しい山の麓。たっぷりと水を湛えて大川が蛇行する。
そのほとりに、五郎とりーさのつつましい家があった。
二人は所帯を持って30年、助け合って暮らしてきた。
お互いにできることをして、この土地で生きて来た。

「じゃあ行ってくる」
五郎は弁当を持って、裏の山へ焚きつけを集めに行った。
「ついでに何か出ていたら採って来て」
りーさは、今日の晩御飯はお揚げと山菜の煮つけにしようと考えた。

五郎が山へ行くと、りーさは衣類の洗濯をしに川へ向かう。
重い冬物の洗濯が終わり、春物はまあまあ楽だと思いながら。

終わりに近づいたころ、川の上流から妙なる楽の音が聞こえて来た。
聞いたことのない音色に顔を上げて見ると、何やら大きなものが流れてくる。

「あれは何?丸くて、ピンク?あれは、・・・桃っ!?」
りーさは反射的に茂みに駆け込んで、長くて細い流木を手に取って返すと、勢いよく流れに投げ込んだ。
そんなヤワなもので巨大な桃が止まるわけもなく、どんぶらこと目の前を通り過ぎていく。
「きしょー!!」
りーさは地団太踏んで行方を眺めていたが、桃は大きな岩にぶつかると方向転換して、河原に乗り上げて止まった。

桃の回りをおっかなびっくりうろつくりーさに、昼の弁当を食べようと山から下りて来た五郎が声を掛けた。
「うわそれなに?なんか、なんか、桃みたいだけど」
「桃だわよっ!」
りーさは桃から目を離さないまま叫んだ。

桃はもごもごと動いている。
「これって、中から桃太郎が出てくるやつ?」
「桃太郎出てきても困るわ。見なかったことにしよう」

二人がとっとと帰りかけると
「ちょっとまってよ!拾ってくれないの?
人のいいお爺さんとお婆さんが拾ってくれるって言われて来たんだけど」
カエルみたいな声が聞こえたと思うと、桃が真ん中から開いて、中から、親指ほどの桃太郎がぞくぞくと出てきた。

五郎とりーさは逃げることも忘れて、あっけに取られている。
「はらへったー」
「お尻痛いよ」
「あのおばさん、口パクパクしてるけど、けっこう美人」
「おじさん、白目になってらぁ」
小さな桃太郎たちは、ケロケロケロケロと口々にしゃべっている。
総勢100個、いや100人、くらいだろうか。

我に返ったりーさは
「あなたたちは何、何しに来たの、何で団体なの」と切れ切れに叫んだ。

「君たちはどこかから目的があってやってきたのか。話を聞きたい。とりあえず家に行って腹ごしらえしようじゃないか」
落ち着きを取り戻した五郎はやけにテキパキと采配し始めた。
「とにかくはぐれちゃいかん。みんなまた桃の中に戻って」

たくさんの桃太郎を再び中に収めて、桃は二人の家に運ばれた。
川を流れてきたのと違ってごろごろ転がされたもんで、出てきた桃太郎たちは目が回り「うげー」とか言っていたが、すぐに回復して空腹を訴えだした。

りーさは、これだけいるんだから、イナゴみたいにうちの食材を食い尽くすかもとひやひやしていたが、桃太郎は乾燥トウモロコシ1粒でお腹一杯になっているようだから気が大きくなって、「さあ、遠慮しないでたくさん食べな!今日はお揚げと山菜の煮つけだからね!」と肝っ玉母さんよろしく言い放った。

食事の後、五郎とりーさは桃太郎たちの話を聞いた。
「鬼退治?
え、鬼がこの近所にいるの?ねえ、五郎は聞いたことある?」
りーさの言葉に桃太郎たちは不安な面持ちになる。

「ああ、あの島にいるって噂は聞いたことがあるぞ。
河口から東へちょっと行くとある、ツノツノ島だな。
しかし、あそこの鬼が悪さをしたって話は、聞かないけどな」

「では、僕たちにきび団子を作っていただけますか?
人数多いから、一人一個でいいよね・・・一人一個、小豆あずき大で。
それと、犬と猿と雉の手配も宜しくお願いします」
桃太郎団のリーダーと思しき桃太郎がほっとした表情になり、さかしげに言う。
「鬼がいるとなれば根絶やしにする。それが僕らの正義なのです」
虚空を見つめて副リーダーが壮絶につぶやく。

「そんなハナクソみたいなきび団子、どうやって作るのよ!
あんたら、自分をわかってないよね、ハナクソきび団子を犬も猿も雉も欲しがるかしら?あんたたちみたいな細かいのにお供しますぅ~なんて言うかしら?アホくさ」
りーさはそんな煩わしい料理をしたくないので、手厳しい。

きつく言われてしょんぼりしている桃太郎たちを見かねて五郎は、
「いいじゃないか、ちょっとコロコロ丸めてやれば。俺も手伝うからさ。
武器もいるんじゃない?裏の庭に松の木がある。松葉の刀を差して行きなさい」
「ちょっと五郎、一寸法師と間違えてない?」
りーさは思いっきり皮肉に笑った。

子どもの世話とか料理とか。嫌いすぎて、苦手過ぎて、イライラMAXだったのだ。懲らしめてやりたくなってきた。
「居るかどうかもわからないおとなしい鬼を退治するって?こいつら、いきなりヨソから乗り込んで来て、何イキってんのさ」

まあ、この人も八つ当たりみたいなもんだ。


ふと、りーさに妙案が浮かんだ。
食品庫にしまい込んであった豚肉の塩漬け、煮干し、乾燥バナナなどを出してきて、その夜は水に浸しておいた。


あくる日、りーさは人数分のきび団子を早朝から一人でせっせと作った。
五郎が「俺も手伝うから」というのは口だけだと思ったとおりで、寝坊している姿を一瞥して、そのまま放っておいた。脇からいろいろ口を挟まれるのも面倒くさい。

準備が整い、桃太郎たちは一様に松葉の刀を帯び、きび団子を携えて、鬼退治の旅に出た。

手配した犬猿雉は、待ち合わせの松林で待っていた。
いつも腹ペコの彼らは遠くから匂って来るうまそうな匂いに鼻をひくつかせる。
「たまらない、あれは、塩漬け豚のにおい」
「いやいや、あれは煮干しだ、丁度良く油が出ているヤツだ」
「ああ、この芳香は。高級台湾バナナだよ」

やがて桃太郎の一団が意気揚々と到着すると、犬、猿、雉は、よだれを飛ばしながら一斉に飛びかかった。


海を見晴らす河口の松林は静まり返り、砂地には小さな松葉がいっぱいに散らばっていた。犬と猿と雉が満足そうに腹をさすりながら、山へ帰って行く姿が見えた。


「あいつら今頃どの辺かなあ」
「そうねぇ」
五郎とりーさは、今日も山へ柴刈りに、川へ洗濯に出かけて行った。



おしまい




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今回は、企画に参加できて嬉しかったです。
白鉛筆さん、楽しい企画をありがとうございました。

あなスパ」の白鉛筆さんの投稿で、この企画の構想を知った時、書きたい!と思い、すぐに書き始めましたが、鬼退治に行く前に挫折。
諦めました。読む方で楽しもうと思いました。

それから時がたち、またまたナツすま「Marmaladeの地球儀ぐるぐる」geekさんと行く神奈川の旅。
崎陽軒のシュウマイウエディングのお話を聞いて、閃きました。
私は桃太郎を諦めたくなかったようです。

大きなシュウマイをケーキ入刀のように割ると、中はぎっしり小さなシュウマイ。なんて素敵!そしてMarmaladeさんの一言。
「これの桃まんもあります」
これだ!これは天啓だ!書きなはれ!!

むずむずしながら書き始めました。
それでもやっぱり、鬼退治に行く前に再度挫折。悶々としておりました。

応募要項をもう一度しっかりと読み直し、場面を切り取った話にしようと決め、鬼ヶ島には辿りつかないこんな変ちくりんなお話ができました。

なんとか最後まで書けてよかったです。
お話は難しい。

書き終えてみて、3度もしつこく書き直したのは、桃を拾う場面と、崎陽軒の桃まんウエディング的に桃太郎たちが出てくるシーンが書きたかったから、ということに気づきました(笑)

あと、「五郎とりーさ」は最初に書く時から不動でした。
なぜか俳優の岸谷五朗さんと仲里依紗さんのコンビなのです。

無理に辻褄を合わせた話になりましたが(いや合ってないよ)、参加できてよかったです。
これでスッキリして眠れそうです。




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