恐竜元年:始まりの三日間の物語

24:竜子(りこ)、蒼子、そして森の子供と呼ばれている、少女

もうすぐ、夜明け。アーシェントを呼びとめてから、月が肥えて痩せて数度。彼女の周りにはいつも生命があふれ、産まれ、死んでいく。たった数十億回の太陽の巡りも星の動きも、取るに足らない切り取られた時間にすぎず、こうしてまた、広がる空に雲が生まれ消えていく瞬間も何もかも、自分自身は、それを見守るだけと思っていた。この姿を纏うに至ったあの時まで、その永遠とも思える営みの連鎖に決してかかわることはなく、折に触れ戯れる程度で、いられたはずなのに。
「あと一つ……どうしようかな」
誰に問うわけでなく、彼女はただ、ぐるりと晴れた朝焼けの空を見ていた。遮るものなく降る光、透けて通る温度、空気、混じる生命達の息遣い、匂い、動かない音、動き始める音。アーシェントによって齎されたもの、その種から芽吹いた新しい生命達、それが破壊と喪失と絶望だと判ってから、このままではいられない、生きていくための本能がいつも、そう自分に囁き続けている。変わり続けることは、必要なことなのか。受け入れることは、必要なことなのか。
「そうね……」
ほう、と溜息。彼女の瞳は多くを見、多くを知る。いつもの海の呼吸、大地の嘆き、風の旅。異質な生命とあるべき存在たち、今ある自分の仮の姿を捨て去れるのはいつの事なのか。
「……そもそもは……」
投げてみる、意識。かのアーシェントは人としての道を選び、一つの力を託した男はひたすら飢えて求め続けているえだけで、
「……だめね」
引き続きに見えたもう一つの力を託した人間は、今なお己を知ろうともせず、疑念の渦にあるらしい。
「……」
何も言うまい。彼らは、人は人に滅ぼされる。何も手を下さなくとも、彼らは自らを殺し、滅ぼす力をもつ愚かで小さなものたち。ならば、なぜ、彼らはここにいるのだろう、なぜ、まだ、いるのだろう。貧弱な力で築き上げられた都市の壁、抜けて通る石畳、囚われの明日無き草食竜たち、産まれることも許されない殻の中の胎たち、繋がれている悲しげな鎧竜、群れを忘れた獣竜、陳腐な玉座なる椅子に飾られた人間という生き物、そして……
「?」
その先、あの女が真っ直ぐに自分を見ている。
「また貴方なの?」
冷笑。
――ええ。私にも貴方が見えているわ
「そう」
冷たく返す。ただ一つ、何をおいても変わらない事、判っていること。そう、アーシェントはいらない、いらなかった、この世界に。その時のために盟約は形となって託されている。再度の、今度は先ほどよりもゆっくりとした心持長い溜息と共に、空の一点、顔を覗かせ始めた太陽を見つめながら、彼女には何の変化もないように見えていた。が、
「雨、は、来させない……」
ふと生まれ出た、揺るがない気持ち、これは何だろう。この森も、泉も、それを糧にする大きな者達や小さな者達、雨がこないままでは長くもたないかもしれない。けれど、それが新しい生命への階段を上る一歩になる、そうしなければ、ならない、「生きるために」。

変わり続けることは、必要なこと。私は「生きること」を、捨てたりしない、奪われたりしない。だから、「生きていくために」、私は自分で「生きていくこと」を決めて、「生きていくため」のことを選ぶ。

そのために、変ろう、変わり続けよう。

「雨は来ないのよ……」

今、はじめての気持ち、が深い奥底で鼓動を打った。

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