『学校で起こった奇妙な出来事』 ⑫
⑫ 「落ちこぼれ」
○ バーガーショップ・店内
窓から見渡されるバスターミナル。
そこへ向かって歩く金森の姿。
案内板を確かめ、人込みのなかへ消えていく。
窓越しに見かけた彼を目で追いかける河野純一。
口をすぼめ、所在なさげに紙コップの氷をかきまぜる。
○ 予備校・表
日曜教室を脱け出し、繁華街へ向かう河野。
○ ゲームセンター
点数の上がらないマシンを蹴飛ばす河野。
○ バーガーショップ・店内
窓越しの外にあるただの風景。
店舗入り口に大学生らしきカップル。
冷めたように腕時計を見る河野。
河野純一 「(薄ら笑いし)すっぽかしか」
○ バスの中
まばらな乗客。
郊外へ向かうバスの最後部席に座る金森。
秋の陽射しが顔にあたる。
振動に揺られながらうつらうつらする。
○ 川岸
地元の河原でのロケ。
撮影は中断中。
探検隊のいでたちをしたケイリンが一輪車に乗って遊び、オキナは
鉢に入れた踊る花を手入れ。
怪獣姿のハカイシは川辺を徘徊し、クッパとザッカヤが羽をばたつ
かせながら水をかけあう。
石を選んでは拾い集めるフォロー中と、それを砲丸のように投げる
トーテキ姫。
アホ賀と大タコは橋のたもとで水筒から麦茶を飲んでいる。
○ 橋の上
欄干にもたれ、空を見つめるビーダマイヤーとスタンダリアン。
そこへ叡子と篠川がやってくる。
長瀬叡子 「そろそろ撮影をはじめたほうがいいんじゃない。昼食が終わ
ってとっくに準備できてるのよ」
篠川久美 「午前中とても順調で、みんな気分が乗ってるみたい」
振り向いて、河原で待機する連中を眺めやるビーダマイヤーとスタ
ンダリアン。
ビーダマイヤー「太陽が完全に出てくるまで待たなきゃだめだ」
スタンダリアン「シーンのつながりからしてもそうだし、ここはじっくり
ねばっていこうと思う」
長瀬叡子 「でも今日は、場所を移動してラストシーンを撮らなきゃなら
ないでしょ」
篠川久美 「予定どおり、金森くんもそこへくるはず」
ビーダマイヤー「朝からいっしょにくればよかったんだ」
スタンダリアン「だいじょうぶ。時間はたっぷりある」
長瀬叡子 「ジュンはまた海。あれからずっと、テツボーを捜しまわって
るのよ」
篠川久美 「夕方までにちゃんと帰ってくるけど、もう一度確かめておか
なきゃ気がすまない、って」
ビーダマイヤー「わかってるさ」
スタンダリアン「ぼくらも気持ちは同じ。だからちゃんとやりたいんだ」
上空にある帯状の雲が太陽と重なる。
陽射しが戻るまでにまだ時間がかかりそうだ。
風はほとんどなく数羽の鳥が行ったり来たり。
アホ賀 「あのう」
声のしたほうへが振り向く4人。
アホ賀 「ぼくたち、出演場面が終わったのでそろそろ帰ろうと思う」
大タコ 「さっきお茶を飲んでたら、怪獣くんから『お前ら、俺に殺さ
れたのにまだ生きてるのか』って言われて」
長瀬叡子 「またハカイシがよけいなこと言ったのね。手伝ってもらいた
いことが山ほどあって、打ち上げパーティも控えてるのよ」
スタンダリアン「悲惨な最期を遂げるのは怪獣のほうだし、二人とも殺さ
れたと決まったわけじゃない。出番はないけど虫に転生
する筋書きだから、あきらめるのはまだ早い」
アホ賀 「そっちのほうが惨めな気がする」
大タコ 「宿題もやり残してるから、やっぱり帰るよ」
長瀬叡子 「ここまでいっしょだったのに残念ね」
スタンダリアン「帰るんなら、怪獣の血のりをいっぱい作ってからにして
くれ」
篠川久美 「私もやる」
みんなの背後でビーダマイヤーが大きな嘆息をつく。
ビーダマイヤー「ダメだ。また厚い雲のなかに入っちゃった」
○ バスの中
車内がぐらっと揺れ、目を覚ます金森。
窓の外は倉庫街。
アナウンスが違う名の工業団地を告げる。
怪訝そうに運転席へ歩み寄る金森。
金森淳 「(メモを見せながら)ここへはいつ着くんでしょう?」
運転手 「(あっさりと)路線が違うね」
○ 倉庫街
バスを降り、ひと気のない工業団地に立つ金森。
道路は広く周囲の建物は古くないが、あまりに静か。
わずかに流れる上空の雲だけが動きのあるものみたいだ。
○ 同・停留所付近
反対側の時刻表を見て、歩きはじめる金森。
途中、道端に落ちていた空き缶を蹴る。
カランコロンと転がっていくそれを何度も蹴る。
街路樹にぶつかり溝に落ちかけたところを蹴り上げる。
それをドリブルするように走りだす。
○ 同・産業道路
空き缶を追ってくぼ地をかわしたとき、背後でクラクション。
目的のバスが通り過ぎる。
金森淳 「おい、待てよ!」
ぺしゃんことなった空き缶を見捨て、猛然と走りだす。
○ パソコンショップ
ゲーム売り場をうろつく河野。
人目を見計らい商品を万引き。
店を出ようとしたところで警備員に腕をつかまれる。
○ 産業道路
走りつづける金森。
メモを見て角を曲がろうとしたとき、目の前にトラック。
道路わきの金網に撥ね飛ばされる。
車はそのまま走り去り、青い空がだんだん暗くなっていく。
○ 廃墟ビル
建築途上のまま放置された8階建てのビル。
外壁はくすみ、建物のなかを風がひゅーひゅー通り過ぎる。
○ 同・屋上
西へ傾きつつある太陽。
ライトを手にしたスタンダリアンとカメラをかついだビーダマ
ーが階下での撮影をすませて戻ってくる。
あとに続く羽根をたらした鳥獣、全身血まみれの怪獣。
全員、屋上の様子を見るなり顔をほころばせる。
ハカイシ 「ワォー!」
スタンダリアン「驚いたなあ」
ビーダマイヤー「打ち上げの準備は万端だ」
長瀬叡子 「最後のシーンが残ってるけどね」
篠川久美 「あとは金森くんがくるのを待つだけ」
スタンダリアン「で、ジュンはどうなったの?」
長瀬叡子 「(時計を見て)もうきてもいいころなんだけど……」
篠川久美 「私、停留所まで行ってくる」
ビーダマイヤー「そんなの意味ないよ。すれ違ったら、書記長を呼び戻し
に行かなきゃならなくなる」
スタンダリアン「携帯に連絡なんかあるわけないよな。こっちは待つだけ
か」
長瀬叡子 「だいじょうぶ。ジュン、この日の大切さをわかってるはずだ
から」
篠川久美 「連絡がないのは、確実にこちらへ向かっている証拠です」
ビーダマイヤー「もう少し待ってやってもいいけど、陽が沈んじゃったら
撮影もへったくれもないんだ」
西空が徐々に赤く染まっていく。
手すりから夕景を望む鳥獣姿のクッパとザッカヤ。
一輪車で尻を支えたケイリンと踊る花を抱えたオキナも同じように
眺める。
トーテキ姫とフォロー中の頬は夕陽で赤く染まる。
着ぐるみから上半身を出したハカイシは打上げ用の菓子をかじる。
クッパ 「おい、あれを見ろよ!」
ザッカヤ 「飛んでるよ!」
何がなんだかわからないまま、みんなぞろぞろ集まってくる。
空の向こうを鳥が飛んでいるようだが逆光ではっきりしない。
旋回し、ゆっくり滑空してくる。
屋上のだれもが絶句。
やっとの思いで声を絞り出す。
ケイリン 「ジュンだよ!」
オキナ 「テツボーもいっしょだ!」
ハカイシ 「あいつら、飛んできやがったのか!」
みんな、うっとりしている。
トーテキ姫「……言葉が見つからない」
フォロー中「すてき……」
篠川久美 「……わかってました」
長瀬叡子 「さすが、ジュン……」
スタンダリアン「……やはり連れてきたか」
ビーダマイヤー「ひやひやさせやがって……」
興奮のせいか夕陽のせいか、みんなの頬が紅潮し、輝いている。
篠川久美 「約束は必ず守る人」
長瀬叡子 「ええ、ようやく勢ぞろい」
○ 地上の道路
電柱にもたれかかり、息をつく金森。
夕陽が廃墟のビルを照らし、周辺が明るくなったようだ。
その上空を鳥が旋回している。
血のにじむシャツで汗をぬぐい、よろけながら前へ進む。
工場のフェンス、看板、そしてガードレールに手をつく。
路地に入って、鉄柵を抜ける。
目の前にある廃ビルの屋上を見上げる。
○ 廃墟ビル・上空
夕映えのなかを鳥の群れが羽ばたき、飛翔する。
いつもの3年D組の顔ぶれがそこにある。
信じられない光景だった。
最初に空中に踊り出たのはクッパとザッカヤだ。
それを追うように怪獣姿のハカイシが飛び立つ。
撮影隊の仲間たちが次から次へと大空へ舞い上がっていく。
叡子と篠川が手をつないで跳躍。
恍惚とした表情を浮かべて宙を舞う。
○ 地上
まぎれもない光景に金森が叫ぶ。
金森淳 「何やってるんだ! 止めろ! 止めてくれ!」
落ちてくるみんなと目が合う。
空から一人、また一人と降りそそぐ。
そして地上のアスファルトに叩きつけられる。
顔をそむけた金森は、膝をつき、目を覆う。
血の海のなかで泣きじゃくる。
祈るように天を仰ぐ。
空が真っ赤に染まっている。