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【短編小説】 日本語って、縦にも横にも並べられる、きれいな文字たちなんだね!

日本語って、縦にも横にも並べられる、きれいな文字たちなんだね!

そう。日本語は本当に美しい文字体系なんだ。縦書きと横書き、どちらも自然に馴染むその柔軟さが、言葉自体に深みを与えている。縦書きは、昔からの伝統的な書き方で、和歌や俳句、古い文献なんかにも多く見られるんだ。それを読むと、時間がゆっくり流れているかのような感覚に包まれることがある。

一方で、横書きは現代的な感覚で、外国語や科学の分野、インターネットやSNSの中で特に馴染んでいる。それでも、そのどちらの形式でも、意味がしっかりと伝わるのは、日本語がもつ言葉の奥行きや表現の豊かさのおかげなのかもしれない。

まるで、文章が書き手の気持ちや背景と共に、読み手の前にそっと並べられていくような。流れるように文字が続く中で、ふと何か大切なものに触れる瞬間がある。
この感覚を小説にしてみた。


「喜怒」

街の古い喫茶店の窓際で、ユウタは黙って湯気の立つカフェオレを見つめていた。彼の前には、小さなノートが広げられている。革の表紙はすっかり手に馴染んで、ページの端はわずかに丸みを帯びていた。長年使い込んだノートには、縦書きで書かれた日記や詩、そして横書きで綴られたメモやリストが混在している。それが彼の日常の断片たちだ。

「ユウタくん、今日は何書いてるの?」

カウンターの奥から、サユリさんの優しい声が聞こえた。彼女はこの喫茶店で長年働いていて、もう誰からも「サユリさん」と呼ばれている。店内は古い木の香りと、コーヒー豆がローストされる香ばしい匂いが混ざり合い、そこに来る常連客たちを優しく包み込んでいる。

「ちょっとしたアイデアを書いてるだけですよ」と、ユウタは少し照れくさそうに微笑む。

サユリさんは彼の席にコーヒーを追加しながら、ふっとノートに目を落とした。「あら、縦書きと横書きが混じってるわね。珍しいわね、そんな風に使う人は。」

ユウタは不意に、幼い頃のことを思い出した。彼の家では、古い縦書きの手紙がよく出てきた。おばあちゃんがまだ元気だった頃、季節の移ろいを丁寧に伝える手紙を送ってきてくれていた。その文字は、まるで並んだコスモスの花びらのようにきれいに整っていた。子供ながらに、縦に流れる文字の美しさに心を奪われ、ユウタも手紙を書いてみたいと思ったものだ。

しかし、学校に行くようになると、横書きの便利さに気づいた。ノートに並ぶ横書きの文字は、まるで道路が次々に続いていくようで、どんどん先へ進む感覚があった。縦書きは静かな家の縁側、横書きは活気ある通り道、そんなふうに感じられた。

「なんだかね、縦書きだと昔のこと、横書きだと今のことを書いてる気がするんです」とユウタは言った。

「なるほどね」と、サユリさんは微笑んだ。「どちらも大切よね。昔の思い出も、今の自分も。どっちが欠けても、あなたらしさが無くなっちゃうものね。」

その言葉に、ユウタはハッとした。確かに、縦にも横にも文字を並べることで、自分の中で時の流れや、異なる感情が整理されている気がする。おばあちゃんの手紙を思い出しながら、日常の喧騒に追われる自分の姿を感じることができる。

「今日も大事にノートを書いてね」と、サユリさんが言い残してカウンターに戻っていく。その背中を見つめながら、ユウタはペンを取り、ゆっくりと文字を綴り始めた。まずは縦に、一行一行丁寧に。今日は秋の気配が感じられる風のことを思い出し、幼い頃に見た落ち葉の舞いを描いてみる。そして次に横に、仕事で覚えた大事なことや、最近行った場所の感想を書き加えた。

ユウタのノートは、彼自身の人生のように、縦にも横にも流れ続けている。過去と現在、思い出と日常が、静かに交差していくそのページたちは、やがて彼にとっての宝物となるだろう。喫茶店の窓から入る秋の柔らかな光が、そのノートの上に優しく落ちていた。