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第2回:未来の予測を不透明にする一つの盲点


エビデンスだけではわからないこと

 前回わたしは、気候危機を見据えた2030年のシナリオに、少しでもリアリティを与えるために、信頼し得る科学的事実と世界の動向などを参考にしますと述べた。現在のエビデンスをもとに、アナロジー的に将来の姿が見えてくるのではないかという期待からである。
 しかし実は、こうしたエビデンスだけでは将来を見通せない一つの盲点があることも確かだ。それは、なかなか読めない「人の心」だ。身近な例を挙げると、みなさんが脈がありそうな潜在顧客に向けて有用な情報をSNSで発信したとする。この情報を発信したからには、少なくとも興味を持った数十件ぐらいからは引き合いがあるだろうと考える。ところが一社からも何の問い合わせもない。これが現実だ。自分の頭で考えているように他の人々が考えているわけではないからだ。こればっかりは、マーケティングや行動経済学の本を何冊読んでも解決策は見えてこないだろう。
 同じことは一国でも起こる。2017年の米国の大統領選で、民主党系の候補者や有権者の多くは、まちがってもトランプ氏が大統領になるはずはないとたかをくくっていた。しかし結局彼は大統領に就任し、絵に描いたようなトラブルメーカーぶりを発揮して国家の分断と不安定化した世界を遺してしまった。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻はどうだろうか。もし今後、ロシアのような大国が戦争を起こすとすれば、ITを駆使したサイバー攻撃や情報戦が中心であり、流血や物的破壊を招くようなことは起こらない。残虐で泥臭い戦争は過去のものだと。おそらく誰もがそう思い込んでいたのではないだろうか。

意識と行動の変容はコロナ禍を参考に

 気候危機も然りだ。気候危機を前に、人々がどのような意識を持ち、行動するのか先が読めない。しかしこのシナリオでは、世界中の人々が直面したカタストロフィックな経験を探り、その延長上に未来の姿を描けるように模索してみたい。
 そこで一つの手掛かりとなるのが、コロナ禍における人々の危機意識や行動変容のレベルだ。新型コロナウイルスの世界的な蔓延は、人々の危機意識と行動に少なからず影響を与えた。この影響にはプラスの面とマイナスの面があることは言うまでもないが、社会にとって良い方向に機能した点をいくつか掲げてみよう。
 例えば感染拡大への警戒心が高まり、人々はマスクの着用や手洗い、ソーシャルディスタンスの実践などの感染予防策に従うようになった。多くの国でロックダウンや外出制限が導入され、人々は自宅待機やテレワークに切り替え、外出を最小限に抑えるようになった。これに伴い、オンラインショッピングやテレビ会議の利用が急増してデジタル化が加速したが、こうした行動制限は「コロナ貯蓄」にもつながった。
 新型コロナワクチンのハイスピードな開発と接種プログラムの推進があったと同時に、多くの国民がワクチン接種に協力したことにより、繰り返される変異ウイルスの発生にもかかわらず、感染症患者の割合は段階的に減少していった。一方で、社会的な孤立感や精神的なストレスも増加し、心の健康に対する関心も高まった。この危機は、個人、コミュニティ、国際社会全体において、協力と連帯の必要性を浮き彫りにし、新しい生活様式や価値観の模索を促す契機となった。

2030年のシナリオの選択

 当初わたしは、これまで述べてきたようなさまざまな参考情報をもとに、3つのシナリオを描こうと目論んでいた。「最悪のシナリオ」、「かろうじて危機を免れそうなシナリオ」、「望ましいシナリオ」の3つだ。
 しかし、よくよく考えてみると、「望ましいシナリオ」などというのは、前二者に比べてどう控えめに想像しても現実離れしていてありそうもない。本連載は自由気ままにバラ色の未来を描くのが目的ではなく、可能な限り"もしかするとあり得ることかもしれない"と思える内容にすることだ。そこで「望ましいシナリオ」の代わりに出発点として現状のアウトラインを述べ、そのあとに最悪のシナリオと、かろうじて危機を免れそうなシナリオの2つを描くことにした。
 本連載は3部構成である。この第1部では、いま現在の社会や経済の様子を見ていく。第2部では、温室効果ガスの削減が思うように進まず、異常気象が今以上に激しくなっていき、社会・経済の持続可能性が損なわれていく世界を想定する。第3部では、最悪のシナリオを避けるためにはどのような条件が満たされればよいのかを考える。

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