物語からはじまるショートショート 第四回 『ふくろうくん』より
夕方、急に降り始めた雨は、だんだんと強まっていた。私は、水びたしの町をとぼとぼと歩き、家族の寝静まった自宅へと帰った。
今日は、せっかく出かけたのに、会う予定だった友人にドタキャンされた。それから、持て余して喫茶店を探したが、どこも満員で入れず。迷った挙句、古本屋をのぞくことにしたが、行ってみると臨時休業。雨のせいで、せっかくの新しいワンピースはぐじゃぐじゃ。お気に入りの靴にも水が漏れてきて、靴下まで台無しになった。
なんで私って、いつもこうなのだろう。
濡れた服のまま、ぐったりとソファに寄りかかる。途端に、息が詰まる感じが湧き起こってきた。
だめだ、泣く、泣く。
寝ている家族が起きてしまわないよう、溢れるものをぐっとこらえた。唾を飲み込んで、何もこみ上げてこないように。一瞬、涙は引っ込んだものの、しばらくすると結局、目の中が曇ってきた。
もうだめだ、、、。止まらなくなった涙は、いくら目尻を押さえても、消えようとはしてくれない。
ふいに、どこからともなく声がした。
「ねえ、せっかくなら、なみだのおちゃをいれようよ」
家族の誰とも違う、少しくぐもった声。はっと顔を上げるとそこに、ふくろうくんがいた。
恰幅の良い体に、茶色いふさふさの羽根。その姿は、本の中の「ふくろうくん」そのもの。私は気味悪がることも忘れて呆気にとられた。
彼は、子どもの頃大好きだった童話の主人公だ。想像力が豊かなので、一人暮らしなのに落ち着かない毎日を過ごしている。本の中には、彼の生活を面白おかしく書いたお話が、いくつも入っていた。その一つに、悲しいことばかり考えて泣きまくり、その涙でお茶をわかすという、みょうちきりんな話があり、私は泣きたくなるたびにそれを読んだ。
「なんで?どうしてここに?」
驚く私に見向きもせず、彼は持っていたかばんから、二つのやかんを取り出した。それから蓋を取って、その一つをこちらに渡し、「さあてと」と言った。
「いいかい、どっちがたくさんためられるか、勝負だよ」
そう言うと、彼はお話の中でしていたみたいに、一つ一つ、悲しいことを口にし始めた。
「割れてしまったコップ。もう二度とあれでミルクを飲めないんだ」
「それから、ボタンのなくなってしまった服。あんなに好きだったのに、これじゃちっとも、しゃれていないよ」
そう言いながら、一粒、一粒、やかんに涙を落とす。
私はしばし呆気にとられたが、勝負だと言われたのを思い出し、慌てて今日あったできごとを振り返ってみた。
「えーっと…そうだ、びしょ濡れの靴。足が冷えて、風邪をひきそうだった。それに、満員の喫茶店。中に入れなくて、やるせなかった」
そう言い始めると、隣でぶつぶつ呟いているふくろうくんが、ちらりとこっちを見て、ウインクした。彼のやかんは、もう半分くらい溜まっていた。
まずいな。私は大急ぎで頭を回転させた。それから二人並んで、いくつもいくつも悲しいことを言い、ぼたぼたと泣きじゃくった。
どれくらい時間が過ぎただろう。気づくと私は机に突っ伏していた。
「あれ…」
机の上を見渡すと、ふくろうくんは消えていた。
なんだ、ただの夢だったのか。
腫れた目をこすりながら、がっかりしかけたそのとき。目の前に、やかんが見えた。持ち上げてみると、たぷんたぷんと、水の満ちた重さがある。
さらによく見ると、その下にも何かある。古ぼけて、黄ばんだ紙。そこには、滲んだインクで、「しょうぶは、ひきわけです。きみ、なかなかやるね」という言葉と、フクロウらしき似顔絵が描いてあった。字は丸っこくて、やたら大きい。私は彼のぽっこり膨らんだお腹のことを思い出して、つい声を出して笑ってしまった。
ふくろうくんは帰ってしまったけれど、みんなが起きてくる前に、お茶を飲むことにした。
火にかけて数分。温めた「なみだのおちゃ」は、少ししょっぱくて、まろやかな味がした。
泣いた翌朝の、一人きりの居間。気づけばそこは、朝焼けで真っ赤に染まっているのだった。
※『ふくろうくん』アーノルド・ローベル/作 三木卓/訳 文化出版局刊
この連載では、皆さんもお手に取ったことのあるような、既存の「物語」をもとに、新たな超短編小説(ショートショート)を作り出していきます。次回更新は、5月20日木曜日の予定です。お楽しみに。
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