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ムカデに熱湯

ムカデは熱湯をかけると縮んで死ぬ。
ものの見事にシュルシュルと体が2分の1くらいに縮み、動かなくなる。
これは実家のお隣に住んでいるおじさんに教えていただいたライフハック。

九州の田舎にある実家にはありとあらゆる虫が湧いて出る。
無駄にでかい蚊やゴキブリはもちろん、掌大のクモ、灯りに集まる巨大蛾、ベランダに憩うカブトムシ。
生き物は親子ヤモリにアオダイショウに、もぐらも蝙蝠も、狸や猿まで出る。

そんなサバイバルな環境に身を置いているにもかかわらず、母は虫類が大の苦手だった(今はかなり慣れた)。一度虫を発見すると誰かが仕留めるまで大騒ぎ。虫が入ることを恐れて窓を開けることを禁じられている部屋もあったほどだ。

父が草を刈り忌避剤を撒いても、それでも容赦無く虫は湧く。

ある日リビングのど真ん中に30センチほどのムカデが発見された。
父は仕事に出ており居ない。平和な昼下がりが阿鼻叫喚の地獄絵図となった。
私は小さい頃から虫を見過ぎたせいか、大きいのが居ても害がなければスルーするくらいのスキルを身につけていたが、害のある奴は別だ。叫びまくる母を尻目に遠くからドキドキして見張っていたが、往々にして去る気配もない。

困り果てた母は隣のおじさんを呼んできた。
おじさんは、ムカデを見て一言、「薬缶にお湯沸かして」と指示した。
母が首を傾げながら薬缶でお湯を沸かしている間、おじさんは腕を組み、ムカデと睨み合っている。
「ムカデはお湯かけたら縮んで死ぬけ、それが一番いいけ」
湧いた湯を奪うようにしてムカデにジャッとかけると、魔法みたいにシュルシュルシュル!とムカデが小さくなって息絶えた。
まじでかっけえ!とおじさんをめちゃくちゃ尊敬した。
ムカデには熱湯。その時、いつ役に立つかわからないライフハックが私達家族の心に深く刻み込まれた。

時は変わって、私が公園内の施設でバイトをしていた際、廊下から小さな悲鳴が聞こえてきた。
何だなんだと覗いて見ると、小さいムカデを遠巻きにして人だかりができている。

「叩いてもいいんだけど、刺したら大事だしなあ。殺虫剤とって来てくれない?」
上司が困っているので、私は思わず、
「ムカデだったら、お湯かけたら縮むんじゃなかったですかね」
と口を挟んだ。

上司は目をまん丸にして、『お湯??』と半笑いになった。
私は反射的にすぐそばにあった給湯室のポットからマグカップにお湯を入れて、ムカデに向かって、ジャッとかけた。
シュルシュルシュル!とムカデはアリみたいに小さくなって息絶えた。
おおっ!と感嘆の声が上がった。

「きみなんでそんなこと知ってんの?」
私は急に注目されて恥ずかしいやら嬉しいやらで、ただヘラヘラ笑っていた。

そして、どんな知識も役に立つことがあるもんだな、と遠い日の隣のおじさんに向けて心の中で手を合わせた。

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