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一歩踏み出すこと

私がノートを始めたきっかけは、
作家の岸田奈美さん主催の文章コンテスト「キナリ杯」に応募するためだった。
「岸田さんに読んでもらいたい」
という思いで応募を決めたものの、書くことはなかなか決まらなかった。
毎日増え続ける投稿作を読みながら、最近私が「面白いと思ったこと」はなんだったか考えた。

私の生活を知ってもらうことで、見える人たちに
「こんな価値観もあるよ」
というのを届けたかった。
見える人の「当たり前の感覚」は私にとって「当たり前じゃない」ということを文字にして伝えたかった。

「これにしよう!」
と決めてから、勢いのまま30分ほどで仕上げ、その日は読み返すことなく寝た。

翌日から文章を磨く作業が始まった。
心がけたことは二つある。
一つ目は、私が日常で使っているものや言葉で、読む人が知らないであろうことは丁寧に書くと言うこと。
たとえば「白杖」という単語を使うときに、目が見えない人が持つ白い杖、と書き添えた。
読んでくれた人に
「あー、あのことか」
とイメージしてもらいやすくすることで、気持ちが途切れることなく読み進めてもらいたかった。

次に気を付けたことは、無駄な言葉をそぎ落とすこと。
私の文章には「そして」「その」「これ」という言葉が無駄に入っている。
少し前に文章を読んでくれた身近な人が指摘してくれて気づいたことだ。
読み返しながらそれらを削り、整えていった。
書いては消しを繰り返した。
もっといい言葉はないかな、もっと伝わりやすいフレーズはないかな…。
何十回と読み返し、修正していった。
一週間ほどかけて、今の全力を出し切った原稿が完成した。

娘とテイクアウトのパスタを受け取りに行く道すがらの会話から生まれた作品「言葉から広がる新しい世界」は嬉しいことに、投稿後たくさんの方に読んでもらえている。

この作品を読んでくださったとあるメディアの方からご連絡をいただき、仕事として
エッセイを書くことになった。
キナリ杯に応募しなかったら絶対にやってこなかったチャンスだ。

キナリ杯の受賞発表は三日に行われ、応募総数4200件の中から50の賞が選ばれた。
14時から1時間ごとにノートで受賞作が発表された。
こんなにワクワクした気持ちで1時間経つのを待っていたのはいつぶりだろう。
ラジオ番組に送ったはがきが読まれるのを今か今かと待っていた子供の頃を思い出した。
次こそ私の作品があるはず、と思って15時・16時と更新される記事を読み続けた。
読み続けながら、あまりのレベルの高さに私の受賞はないなと思った。

受賞作はどれもすばらしく、こんなにも文章で笑ったり感動したりできることを知った。
岸田さんの作品への総評もすてきだった。
作品だけでなく、作者への尊敬と愛情がぎっちり詰まった文章だった。

受賞作の中に、私の作品は入っていなかった。
全力で書いて、自分でも大切にしている作品だ。
選ばれなくて残念だったという気持ちはある。
でも、落ち込んではいない。
キナリ杯を通して私の文章に足りないものが見つかったからだ。
毎日投稿される作品を読みながら、受賞作を読みながら
「うまいな、面白いな!」
と思う文章の共通点を考えていた。
答えはすぐに見つかった。
比喩表現の豊かさと、文章のリズムだ。
この二つが私には圧倒的に足りていない。
この力を養うには、インプット量を増やすこと、たくさん書くことだと思った。
キナリ杯に出さなければ考えることもなかった。
足りないものが分かったなら、補っていきたい。

キナリ杯を通して、ノートですてきな文章を書いている人たちと出会えた。
応募期間中からハッシュタグを追って作品を読ませてもらい、感想をTwitterで送って繋がった方が何人もいる。
私の作品にコメントをくれたり、リツイートしてくれた方もいる。
全員が参加できる「キナリ杯後夜祭」という自薦他薦で作品を紹介し合える場で出会った人もいる。
すべてこのコンテストに応募しなければ得られなかった財産だ。
一歩踏み出してよかった。
これからもこのノートで作品を書いていこう、改めてそう思っている。
すてきな場を作ってくれた岸田奈美さんに感謝の気持ちでいっぱいだ。

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