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言葉の“ちから”を育てる「エピソードノート」 (vol.2*1988年)

人生において一貫する“想い”、”生き様”を探る「エピソードノート」

続いては、1988年について。

これもWikipediaさんをカンニング(笑)

✅1988年にあった主な出来事
●東京ドーム開場
●青函トンネルが開業
●瀬戸大橋が開通
●B’zデビュー
●ソウルオリンピック
●スタジオジブリの『となりのトトロ』、『火垂るの墓』が同時公開。
●リクルート事件と呼ばれる、戦後最大の贈収賄事件(企業犯罪)が発覚
●ラニーニャ現象が発生。世界各地で異常気象。
●光GENJIがブームとなり、「パラダイス銀河」「ガラスの十代」「Diamondハリケーン」がオリコン・シングル年間チャートの1位から3位を独占
●『ドラゴンクエストIII』の発売日にはゲームショップに長蛇の列ができ、社会現象となる。
●昭和天皇の重篤報道を受けて、日本各地で祭やイベントの自粛・中止・延期が相次ぐ。
●新語・流行語大賞の新語部門は「ペレストロイカ」、流行語部門は「今宵はここまでに(いたしとうござりまする)」が金賞を受賞

この年のハイライトは

・リクルート事件
・東京ドーム、青函トンネル、瀬戸大橋(世界最長)完成
・昭和天皇の容体急変

なんだろうなー。

最後の最後まで激動な昭和。

当時、青函トンネル、瀬戸大橋は完成直後には観光スポットとして人気があったらしい。瀬戸大橋は今でも鉄道と道路が併用している橋としては世界最長としてギネス世界記録(2015年)にも認定。


✅プライベート

聞いたところによると、1988年3月に両親が離婚。

生後8か月に、と聞いたので2~3月頃なのだと思う。

離婚理由は祖母からそれとなく聞いてるけど、

「結婚生活すらも互いに、親の顔色を気にしながら生きてたのか…」

と、複雑な気持ちになった。

双方、事情はあるけれど自分で決めた結婚じゃないから、別れても痛みがない(手続きが面倒だっただけ)ですって。。だったら最初からしなきゃいいじゃないか…って正直呆れたし、あまりにも無責任すぎないか…?と。別に離婚を否定するつもりはないけど、それを選ぶだけのリスクをこの人は背負う気あったのかな?って。いまだに違和感しか感じない。

代わりにリスクを負ったのは、祖母だった。この人は頑固だけど、人として家族として、娘(母親)のために腹をくくってくれたんだと思う。

後付けかもしれないけど、誰かの人生に依存する生き方を嫌うのは、ここから生まれたのかもしれない。まさかそこから30年を経て自分でビジネスしてるとは考えもしなかっただろうけど。

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