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【‘‘悟性’’/墨象の美】

水墨画というものは、非常に奥深い世界であり、書道家の篠田桃紅先生の描く、墨象と呼ばれる水墨画の造形美を追究した芸術には言葉では表現出来ないものが作品には宿っていると考えさせられるものがありました。
墨の濃淡による色や繊細な一本の線には、あらゆる言葉を凌駕する力強さというものがあるということを感じられます。
そして、先生が晩年に記された最後の随筆集である『これでおしまい』には、先生の全てが込められた名随筆であることを実感させられました。

本書は、ことば篇と人生篇の二部構成となっており、ことば篇では先生の残した思いが綴られていてそこには孤独や老い、悟りに至るまでの境地が言語化されていて、感動させられるものがありました。
そして、人生篇では先生自らの生い立ち、大正から昭和にかけての戦争体験から戦後のこと、平成から令和までをたどり着いた先に見えた思いが薄墨から浮かび上がってくるものがありました。
私なりの考えで解釈してきた中で、先生が表現して体現してきた抽象概念としての墨象から随筆まで導き出された言葉というのは、‘‘悟性’’という言葉でありました。
悟性という言葉の意味は、自分の理解した諸事実などに基づいて、論理的に物事を判断する能力を指す言葉でもあります。
悟性と似た言葉として、理性という言葉もありますが、こちらは道理に基づいて判断する能力を指す言葉として使われる言葉でもあります。
どちらも、思考能力という意味では共通点があり、私は悟性と理性という言葉が脳裏を過ったと同時に、墨象は悟性と通じるものがあるのではないかと感じられました。
一本の線から、鑑賞者の私たちにとって抽象的であり、理解へと結び付かせるにはあまりにも難解であると思われます。
ですが、墨象として描かれた作品には悟性としての特質を帯びているものがあり、それは先生の伝えたいものの全てが込められているわけであって解釈というものを考える以前に、作品を心から感じ取る必要があるのではないかと私は思いました。
墨象の美は、篠田桃紅という一人の芸術家でしか描けない世界があり、世界から見える世界を私たちは作品を通して感じ取ることによって理解出来ることがあるのではないかと感じました。
悟性と墨象による美は、鑑賞者の精神世界へと訴えかけてくるものがあります。
視覚や触覚、嗅覚、味覚、聴覚、五感の全てが刺激される不思議な感覚を覚えるのも芸術でしか描けないものがあるということを本書から学びました。
篠田先生の最後の著書『これでおしまい』には、彼女の全ての感性が注ぎ込まれた名随筆であることを実感して墨象の美による世界にもう一度、耽溺してここで筆を置きたいと思います。

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