Everything

最後に「目が覚めていた」のはいつだっただろうか。もう思い出せない。

この空間が夢の中だというのは分かっている。もしくは生死のはざまかもしれない。少なくとも、何度もループする風景を見る限りここが現実であることはあり得ない。彼の目の前で、彼の身代わりとして、死ぬ瞬間が何度も廻る。

吹けば飛ぶ、という言葉が存在するが、残念なことに彼の命はそうだった。危険と隣り合わせだというのに、人間の替えの利く仕事。俺なんか言葉の通じる道具に過ぎないからさ、と、陽気だがどこか翳った表情で笑ったのはいつのことだっただろうか。

そんな彼が、いや、僕が目覚めない原因は何ともあっけないものだった。ハンドルの利かなくなったトレーラーが突っ込んできただけだ。文句のつけどころのないほどの大事故。庇ってしまったのは咄嗟のことだった。車道側にいた彼を引き寄せて突き飛ばした。虚を突かれた彼は、僕よりずっと大柄なくせに軽々と歩道の中ほどまで飛んでいった。それだけのことができたくせに、僕は僕めがけてまっすぐに向かってくるトレーラーを直視することはできなかった。かといって彼に飛びつけるような猶予もなかったものだから、せめて彼の姿を焼き付けておこうと思った。地獄の底でも思い出せばなんとかやっていける気がしたから。

少しずつループする映像が霞んでいく。お別れも近いみたいだ。あの瞬間の僕は、恐怖のさなかの割に笑えていたと思う。今となっては「身代わり」という言葉すら甘美に感じる。彼のために死ねるなら本望だし、僕は彼のいない世界でなんて生きていけない。でも彼は怒るだろうな。所詮僕の自己満足にすぎないから。一生許さなくていい。願わくば、一生忘れないでくれ。僕は君しか見てなかったよ、さよなら。



『おはよう』

聞こえるはずない彼の声がした。真っ白な天井と、僕から伸びる数々の管。慌てて起こそうとした体は、見えない重さのせいで全く動かなかった。

『よかった・・・どうしてお前は庇おうとなんてしたんだ・・・冗談じゃないよ・・・』

彼は絶望と安堵が入り混じったような、今まで見たこともないような表情をしていた。そうか、僕は生きているのか。

良かったと思う反面、あのまま死んでいた方が僕は幸せだったかもしれないとも思ってしまう。消えることを覚悟したあの瞬間、悲しかったけれども確かに僕は幸せだった。あの時、僕の心の全てが彼で満たされていた気がするから。

執筆のおやつ代です。