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子供の時分から創作活動が好きだった。
自分の頭の中で思い浮かんでいるフワフワしているものを実際に形にすることが楽しかったのだ。

けれど一番の理由は両親が褒めてくれたこと。自分のなかの古い記憶で両親に褒められたのが「絵うまく描けたね」なのだ。

今1児の母なのだが、小さなことでも毎日褒めるように心がけている。
「いただきますの挨拶ができたね」とか「靴下を自分ではけたね」とか大人からすれば当たり前で本当に小さなこと。

褒めれば娘は得意げな顔をしてニコニコと笑うのだけれど、彼女が大人になった時に残っている一番古い褒められた記憶は何になるんだろうと思っている。

学生時代は絵を描くことは好きで部活にも所属していたが、不思議と職業にしようとは思わなかった。冷めた考えで「趣味でいいや」と。

けれどその趣味も、社会人になり仕事に追われ毎日ヘロヘロになって帰る日々のなかで存在はどんどん小さくなり隅に追いやられた。
ストレス発散として好きなゲームをして違う世界観を味わっていたけれど、自分自身で世界を作ることの喜びを置き去りにした。

やがて縁あって結婚し、恵まれて娘を授かった。
両実家が遠方、はじめての育児。少しでも時間があれば寝たい。そんな日々。

塵も積もれば山となるとはいったもので、ストレスが爆発し体の不調が起こった。そしてふっと思い出したことがある。

創作活動をしている友人のことだ。
彼女には結婚してから出会った。当時2児を抱えながらも絵で生計をたてていた。イキイキとしていた。

「真似になるけど、絵を描こう。自分の思いを形にしてストレスを発散したい!」

そして100均のボールペンと娘の落書き帳を手にしたのだが……

描けない。正確にいえば自分の満足する絵が描けない。逆にストレス溜まるわ、これ。

ボールペンを握りしめてそう思った時、はたまた思い出した。

学生時代はずっと絵を描いていたけれど賞をもらったことは稀であった。むしろ作文は小さいけれど賞をそれなりの数をもらっていた。

もしかして文章なら書けるんじゃ……

昔からいわゆるオタクというやつだったが、これまた消費するばかりで好きという思いを形にしていなかった。
取っ掛かりとして二次創作小説をスマホでポチポチと入力していった。

絵の時と違ってスムーズだ。……楽しい!!

創作したものをあげれば反応がきた。それがまた嬉しかった。
新たな世界に足を踏み入れたのだ。家事育児の現実とは違う、自分の作ったものを見てもらえる喜びを味わえる世界。

最初の1、2か月はそれでもよかったのだが、だんだんと自分のなかにモヤモヤと気持ち悪いものが生まれ大きくなってきた。

それは罪悪感。というのが今のところしっくりくる言葉である。

オリジナルを作った方への。

自分が今書いて喜びを得ている文章の世界観は、もともと他の方がゼロから考えたものなのだ。

二次創作を否定するつもりはこれからもないが、自分はもうできないと思った。そしてここで思い至る。

自分のオリジナルの文章を書こう、と。

文章を書く楽しさを30代もなかばになって知ってしまったのだから。
そしてその文章を見てもらえる場があることも。

まっさらなnoteをこれから自分なりにうめていこう。

それがはじめたきっかけ。


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