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今こそビジネスマンは『おぢいさんのランプ』を読むべきかもしれない

『ごんぎつね』『手袋を買いに』で有名な新美南吉の作品。
多くの人は教科書でしか読む機会のない作家だと思う。
(自分もそうだった)
自分はたまたまSNS上でこの作品を知り、読むに至った。
80年前の作品だが、物事の本質を突いた作品なので紹介したい。

蔵の中で古ぼけたランプを見つけた東一君。
そのランプにまつわる秘密をおじいさんから聞かされる。
おじいさんがまだ東一君と同じくらいの年の頃、村に巳之助という少年がいた。
初めてランプという物を知り、その明るさに感激した巳之助は、やがてランプ屋となり身を立てる。
しかし、村に電気を引くという話が持ち上がり、事態は急変。
ランプに人生を掛けていた巳之助は断固反対するも、願いは届かず。追い詰められた巳之助は、ついに……
おじいさんのランプってどんなお話?(1/2)

この先はネタバレありで書評をしてきたいと思う。

1.未知との遭遇

この話は、技術の進歩によって職を失う人間の心情をリアルに描いている。
巳之助(主人公)は、町でランプの存在を知り、行燈の時代が終わることを知る。

このランプのために、大野の町ぜんたいが竜宮城かなにかのように明かるく感じられた。
もう巳之助は自分の村へ帰りたくないとさえ思った。
人間は誰でも明かるいところから暗いところに帰るのを好まないのである。
Nankichi Nimi. Ojisan no ranpu (Japanese Edition) (Kindle の位置No.88-90). Kindle 版.

文明開花を肌で感じたシーンが、印象深い。
暗闇に接する機会が少ない現代人では味わえない感覚である。
ただ、技術の進歩を肌で感じる瞬間は自分達でもあると思う。
ランプの存在を知った巳之助は、ランプ屋を始めることを決意する。

2.無料サンプルで良さを分かってもらう

巳之助の新しいしょうばいは、はじめのうちまるではやらなかった。
百姓たちは何でも新しいものを信用しないからである。
そこで巳之助はいろいろ考えたあげく、村で一軒きりのあきないやへそのランプを持っていって、ただで貸してあげるからしばらくこれを使って下さいと頼んだ。
Nankichi Nimi. Ojisan no ranpu (Japanese Edition) (Kindle の位置No.129-132). Kindle 版.

ランプの良さを分かってもらうために、無料でランプを使ってもらう。
化粧品の無料お試しセットのようなものだろう。
商売の本質は80年前から変わらないことが分かる。
ここから段々と商売が大きくなっていき、孤児の巳之助にも家族が持てるようになるところは、サクセスストーリーである。

3.イノベーションによる既得権益の破壊

ランプの、てごわいかたきが出て来たわい、と思った。
いぜんには文明開化ということをよく言っていた巳之助だったけれど、電燈がランプよりいちだん進んだ文明開化の利器であるということは分らなかった。
りこうな人でも、自分が職を失うかどうかというようなときには、物事の判断が正しくつかなくなることがあるものだ。
Nankichi Nimi. Ojisan no ranpu (Japanese Edition) (Kindle の位置No.206-209). Kindle 版.

電気が町に引かれるようになり、職を失う未来が見えてきた巳之助。
先見の明があった彼も徐々に判断力を失っていく。
村に電燈を引く会議の際も、屁理屈を言って反対する。

「電気というものは、長い線で山の奥からひっぱって来るもんだでのイ、その線をば夜中に狐や狸がつたって来て、この近ぺんの田畠を荒らすことはうけあいだね」
Nankichi Nimi. Ojisan no ranpu (Japanese Edition) (Kindle の位置No.218-220). Kindle 版.

完全に自分の職を守るための理論である。
会社でも新しいシステムの導入に反対する人はいるが、同じ気持ちだろう。
この後、巳之助は区長さん(町のトップ)の家に放火することを決意する。
しかし、家にマッチを忘れたため、火打ち石を使う。

マッチを持って来りゃよかった。こげな火打みてえな古くせえもなア、いざというとき間にあわねえだなア
Nankichi Nimi. Ojisan no ranpu (Japanese Edition) (Kindle の位置No.246-247). Kindle 版.

自分の考えが既に時代遅れになってたことに気づく名シーン。
ちなみに区長さんは、文字の読めなかった巳之助に1年間文字を教えてくれた恩師。
恩師すら手にかけようとするほど追い詰められていたのだ。
この後、ランプ屋を廃業することを決めた巳之助は、商売道具のランプを破壊する。

「お前たちの時世はすぎた。世の中は進んだ」と巳之助はいった。
そしてまた一つ石ころを拾った。
二番目に大きかったランプが、パリーンと鳴って消えた。
「世の中は進んだ。電気の時世になった」
Nankichi Nimi. Ojisan no ranpu (Japanese Edition) (Kindle の位置No.280-283). Kindle 版.

巳之助は半田池の木に吊るしたランプに石を投げて割っていく。
(半田池は今は埋め立てられている)
夜中の池に反射するランプの灯りが幻想的なシーンである。
自分の商売に別れを告げるため、商売道具を破壊する描写が悲しい。
しかし、覚悟の決まった男の描写である。

4.新たなる希望

巳之助はランプ屋を廃業し、本屋を開業する。
そして、その本屋は今も続いている。
文字の読めなかった巳之助が、本屋で生計を立てているところが良い。
これは実はランプのお陰である。
巳之助は毎晩、区長さんのところで文字を教わっていたのである。
(ランプが来るまで村では夜中に文字を読めなかった)
自分の商売が結果的に自分を助けるという伏線回収がアツい。

5.まとめ

古いものに捉われず未来に目を向けよ。
この作品は、サラリーマンが読むべき作品だと思う。
同じようなテーマで『チーズはどこへ消えた?』という累計2800万部を突破したビジネス本があるが、『おぢいさんのランプ』の方が話としてはコンパクトで、文学性も上である。
正直、この作品の知名度が低いの納得いかない。
教科書に載せても良い作品である。

技術によって職が失われる恐怖というのは、時代が変わっても必ず存在する。
巳之助が始めた本屋も、今の日本では急速に姿を消している。
自分もこの作品はKindle(電子書籍)で読んだ。
便利なものに逆らうことはできない。

この30年で、日本の多くの企業がランプ屋さんと同じ状態になった。
昭和を代表した白物家電メーカーは、かつての栄光から抜け出せず、無理やり商売を続けている。
みんながダメになっているのに気づいても止められない。
自分の商売を手放すのは涙を流すほどツラいからである。

ちなみに、新美南吉の故郷である愛知ではTOYOTAが有名であるが、
時代はガソリンから電気へと変わりつつある。
80年経って再び電気の脅威がやってきている。
個人の商売と異なり、メーカーの廃業は犠牲が大きい。
自分も巳之助と同じ感覚を持たなくては、潰れるだけだろう。
最後に締めのセリフを引用したい。

「わしのやり方は少し馬鹿だったが、わしのしょうばいのやめ方は、自分でいうのもなんだが、なかなかりっぱだったと思うよ。
わしの言いたいのはこうさ、日本がすすんで、自分の古いしょうばいがお役に立たなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ。
いつまでもきたなく古いしょうばいにかじりついていたり、自分のしょうばいがはやっていた昔の方がよかったといったり、世の中のすすんだことをうらんだり、そんな意気地のねえことは決してしないということだ」
Nankichi Nimi. Ojisan no ranpu (Japanese Edition) (Kindle の位置No.303-306). Kindle 版.







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