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オタク経済圏創世記+推しエコノミー

中山 淳雄さんの本を2冊読んだので、内容をまとめた。
著者はブシロードの執行役員であり、ゲーム業界を熟知した猛者である。
2冊とも満足度が高かったので、今後も中山さんの本は買い続けるだろう。

1.オタク経済圏創世記

本書では、オタク文化が世界でどれだけの経済規模に発展するかを述べている。
サブカル市場の誕生から発展までを知りたい人には大いに役立つだろう。
著者自身がエンタメの前線で戦ってきた人なので、読んでいて説得力を感じる。

1.なぜ日本のマンガは強いのか

米国に比べて日本は、雑誌でいうと 10 分の1の価格のものを3倍のスピードで提供し、単行本コミックでいっても半額で提供するという圧倒的な価格優位性・生産体制を築いていることになる。

オタク経済圏創世記

個人請負で生活リスクをとりながら普通の労働者の2〜3倍の労働時間を費やし、ほとんど休みない生産体制が盆正月以外回転し続ける。それが毎週数百冊と出続けるマンガ雑誌メディアを通じてコンビニや書店などに流通し、大人から子供まで手に取ってパラパラと読む。

オタク経済圏創世記

シンプルに言えば、日本のマンガは他国よりも安くて、生産スピードが速いということだ。
マンガ家の生活が過酷なのは知られているが、作品が大量に生み出されることによって文化は拡大されているのだ。
(良くも悪くも手塚治虫先生のおかげ)

2.無から有を生み出した任天堂

ポケモンの前身となる「Capsule Monsters」の企画書を、当時 25 歳のゲームプランナー田尻智が任天堂に持ち込んだのは1990年秋のことであった。
1989年に設立されたばかりで社員2人の会社、ゲームフリークである。

開発費を拠出しておきながら、6年もの間クリエイターの作品完成を待ち続けた任天堂も、その長い長い期間もディスカッションを続けた関係者たちも、ポケモン誕生秘話は域外の制作ストーリーにあふれている。
開発が本格化するのは4年近くも経った1994年半ば、そこから2年かけて最終的に完成するところまでもっていった時ですら全員で9人という小さなチームであった。

オタク経済圏創世記

一点見落とされていたのは、モバイルゲームはキャラクターの画像を運ぶメディアとしてはよかったが、キャラクターを浸透させるようなストーリーテリングができるものではなかったということである。
そしてモバイルゲームだけで完結して、ほかの商流を巻き込んだ作品としての展開ができなかったことだ。

オタク経済圏創世記

ここでは、ゲームフリークの成長を6年待ったニンテンドーのエピソードが紹介されている。
ゲームの現場でも作家(ゲームフリーク)と編集者(任天堂)のような関係性が築かれている。
後述するウマ娘の件と同じだが、5年以上内容を暖めてからリリースするガマン強さに驚く。

また、モバイルゲームの海外展開について
失敗原因はユーザーに愛着を持たせるようなストーリーテリングができなかったことが理由として挙げられている。
現在は『原神』や『ウマ娘』のようにストーリーを設けたゲームも出ているので、ガラケー時代のゲームからスマフォに変わって解決されている。
(ウマ娘は元の馬が居るので、キャラ設定も上手い)

3.著作権が生み出す三位一体の共犯関係

マネタイズの決着点は「著作権(ライセンス)」である。
作品の権利をもつプレイヤーはその作品がヒットしたときに、その人気をマネタイズして、収益配分にあずかることができる。
アニメにはキャラクター画像、声、動画、ストーリー、音楽などがすべて込められている。マンガだとこうはいかない。
マンガを映画にする、アニメにする、ゲームにする、商品にするといったときに「決まっていないこと」が多すぎる。
背景を含めた世界はどうなっているのか、主人公はどんな声をしているのか、どんな音楽であればその世界に合うのか。
マンガはこうした情報密度の低さ(それゆえにマンガは制作がスピーディで普及が早いメリットもあるが)ゆえに、メディアミックスの起点としては物足りない。
ほとんどのキャラクターがアニメ化するのは、ライセンス展開してどんどん広げるための「その世界をとりまく情報」を一度固めることができるからだ。
だからライセンスのハブとなるのはアニメである。

オタク経済圏創世記

オタクコンテンツをマネタイズするにはアニメが1番だと説いてる。
Netflixでも世界的にアニメは人気だし、ハブ機能として必須なのは分かる。
ただ、いきなりアニメオリジナルでヒットを飛ばすのは難しいと思う。
新海誠クラスのビックネームでなければ、人が集まらない。

一つのブームに、全く異なる産業のプレイヤーが100社、200社と参画する。
世界観・キャラクターの全責任は原作3社がもつものの、カードゲーム、アニメ、キャラクター商品など、それぞれの商流ごとに多数の企業が関わり、自分たちで管理するものとしないものを見極め、自分たちに入る収入としては家庭用ゲームの「マネタイズ最大化」だけではなく、消費者の世界からみてのインパクトが最大化される「プロモーション最大化」がともに志向される。
これがライセンスビジネスの底流にあるコンセプトであり、
「キャラクター経済圏」ともいえる無形の文化商品ビジネスを成り立たせる。

オタク経済圏創世記

オタク経済圏の仕組みとして、10兆円規模に膨らんだポケモンを紹介している。
ポケモンはゲームから始まり、アニメで広く流布し、玩具や雑貨が身の回りに現れ、新聞でマンガも連載され、社会をとりまくインフラとして「キャラクター経済圏」を築いている。
身近な実例だと『鬼滅の刃』のキャラを至る所で目にするようになったのが挙げられるだろう。

4.「共体験をすること」にコアをもってきているコンテンツは成長している

アニメ動画配信にせよ、オンラインゲームにせよ、電子マンガにせよ、「作り上げたものを配付し、視聴してもらう」という一方向モデルではなく、「ユーザーコミュニティの形成を前提に、コンテンツを生きたものとしてアップデートし続ける」という双方向モデルへと、ビジネスモデルをチェンジすることができた産業が、2010年代に入ってからの成長産業となっている。

オタク経済圏創世記

2010〜15 年にかけて、音楽ライブ市場は突如として3倍に膨れ、7000億円規模の市場におちつき、結果的に世界一の音楽パッケージ市場になった。
その理由はAKB 48 や乃木坂 46 など「コンサートなどのイベント事業と連動したCD販売」である。
オリコンチャートで100万枚以上にランクインしているのは、すべてAKB 48 である。
この共体験というワードは『推しエコノミー』に繋がっていく。

5.コンテンツを延命させるための3次元展開

3か月で大作をみて感動することよりも、その後長い期間にわたってその作品を「忘れないでいること」のほうがよほど難しい時代に入っている。
そうした穴を埋めることが3次元の役割である。

ゲームで日次・週次でアップデートされる内容に加え、ほぼ毎月のように展開されるラジオ・テレビ・イベント会場などで、声優というタレントやプロデューサーが展開する定期イベント。
そこで販売されるTシャツやキーホルダーなどありとあらゆるキャラクターグッズ。
大きなコンテンツのアップデートのたびに山手線の駅ナカ広告や秋葉原の街中に張り巡らされる広告の数々。

オタク経済圏創世記

ヒットしたコンテンツもすぐに忘れられてしまう時代である。
ここでは『バンドリ!』というゲームの人気を維持するための施策に触れている。
現代では「流行させる」よりも「流行を維持させる」方が難しい。

6.顧客としてのオタク

オタクは消費額として一般ユーザーの平均2倍の金額を使い、さらにブランドへのロイヤリティが高く継続的に店舗に足を運ぶため、生涯単価として一般客の3倍を見込めるという実績値が出ているからだ。
3倍の消費期待値ということはそれだけマーケティングコスト・集客コストをかけられる貴重なハイカスタマーということになる。

オタク経済圏創世記

オタクは消費指向性が高い層として認識されている。
個人的には、Apple製品を愛用するApple信者も同じジャンルだと思う。
客単価が高いので、市場がターゲットにするのは分かる。

KDDIのウェブ調査ではランダムサンプリングされた8000人前後の18〜34歳の男女のうち「マンガ・アニメ・ゲームのいずれかを趣味とするもの」は男性3割、女性2割、「オタクだと自覚している」は驚くべきことに男性の5割弱、女性の3割強に至っている。

オタク経済圏創世記

若者の半分がオタクを自認している。
顧客として既に経済圏に取り込まれているのは大きい。

7.オワコンから復活した新日本プロレス

新日本プロレスの復活の狼煙は2012年、突然堰をきったように始まる。1997年のピークの40億円弱から、2011年の10億円強へ3分の1まで売上が落ち込んでいた新日本プロレスは、オーナーがアントニオ猪木からゲーム会社ユークスに移っても、その凋落を止めることはできなかった。

オタク経済圏創世記

私が生まれた頃には既にプロレスは斜陽産業となっていたが、数字として表すと、どれだけ縮小していたか分かる。
そこで、新日本プロレスを買収したブシロードは以下の施策を行なった。

  • 3次元であるプロレスを、2次元的なキャラクタービジネスと捉えなおし、メディアミックスによる再生。
    (レスラーのタレント化・キャラクター化)

  • イメージを180度転換するため、大規模なプロモーションを演出。

  • 動画配信で北米展開

また、プロレスは世代を超えた消費体験のシェアが可能なコンテンツだと著者は述べている。
理由は、選手生命の長さである。

プロレスにおいて現在最長老世代となる獣神サンダー・ライガーは1989年から活躍しており、2020年に予定される引退まで31年も現役を続けてきた。

オタク経済圏創世記

つまり、プロレスは親子二世代での視聴・参加体験が行える、ゴジラやウルトラマンに近いのである。

8.後世に残る作品の共通点

モーツアルトの時代の音楽家、レンブラントの時代の画家は、パトロンのお抱え芸術家であった。
それは現在でいう開発受託、WorkForHireのように、ただオーナーが求めるものを描き、求めるように演奏していた。
モーツアルトやレンブラントなど一部の作品を除いて、その時代に秀作が出てきていない。
その時代の「ハイ」カルチャーの人々の嗜好は常に保守化し、マンネリズムを生み出す。
芸術は少数のお金の出し手のみで動いている限りは衰退していく。

オタク経済圏創世記

後世に残る作品をつくっているクリエイターは、常にその時代のマンネリ化しがちな主流プラットフォームを壊し、自由さを担保すべく新しいビジネスモデルを切り開く人間なのだ。

2.推しエコノミー

コロナ禍の中で書かれた本作。
鬼滅ブームなど、最近の出来事に触れているので理解しやすい。
前作はアニメの説明が多かったが、今作はSNSやゲームにフォーカスを当てている。
また、最近聞くようになった「推し」という言葉について、マーケット側からの分析を行なっている。

1.フォートナイトが見せつけたゲーム空間によるエンタメ市場の侵食

ゲーム業界の「ライブ」化の象徴的な事件は、2020年 4 月にオンラインシューティングゲーム『フォートナイト(Fortnite)』で行われた、ミュージシャン、トラビス・スコットのライブである。ゲーム空間内で開催されたこのライブは1230万人が同時視聴した。「音楽ライブ」としては史上最大の観客動員である。

推しエコノミー

これは話題になっていたので知っていたが、ゲーム空間であるので参加人数を現実世界よりも増やせるのが凄い。
しかも国境も関係がない。
『オタク経済圏創世記』で述べていた「共体験すること」の最先端とも言える。

2.「萌え」から「推し」へ

恋愛、性愛、結婚、出産の 1 つ 1 つに内包されるしがらみや自分の自我から解放されて、自分の代わりに頑張っている「推し」を応援する。
多くの人にとって、自分の人生の中には感動するような物語にはなかなか出会えない。
そんな自分の代わりに、「推し」は頑張って何かを実現してくれて、感動を与えてくれる。
そこで人々は理想の人生を「生きなおし」をするような作用を与えるものになっているのではないだろうか。

推しエコノミー

また、ももクロに関して演出家鈴木聡氏は
「突出した美人というわけでもないので、異性としてみたり、彼女にしたいというより、高校野球の球児に対するような、「親戚の子」的親しみが湧いて、応援したくなってしまうんです」
と述べている。

3.ウマ娘という新基軸

ここでは、覇権を握ることになったウマ娘について解説をしている。

  • 製作指揮・石原章弘『アイドルマスターシリーズ』

  • 構想からリリースまで5 年超

  • 2 期のアニメBDを買うと課金アイテムが手に入る。
    (ゲーム内課金よりも安い)

  • ゲームに課金したユーザーは作品から離れにくくなる(サンクスコスト)

構想からリリースまで5年というのはポケモンに通じるものがある。
BDを買うと課金アイテムが手に入るのは新しい発想だと思う。

ちなみに推しへのタムパの文脈でいうと「女児向けアニメだと 1 年間は続くので、各キャラクターをしっかり掘り下げてくれるだろうという安心感もあります」というアイカツおじさんのコメントからも、運営の永続性に対する期待感が、作品選びの 1 つの肝になっている

推しエコノミー

アイカツおじさんのコメントについてだが、作品が確実に1年続くことが作品を推すことの基準となっている点が面白い。
推し活において、まずコンテンツの続く長さを重視しているのだ。
これは、コナンやエヴァのような長寿コンテンツのお祭り化に繋がっていると思う。

4.コナンとシンエヴァ、100億円を作り出す物語

  • シンエヴァはリリース3ヶ月から再び観客数が増えた。
    (100億円を目指すという物語)

  • 公開3ヶ月後に入場特典として冊子を配った。

  • 鬼滅の刃ブームと同じ時期に公開したコナンは祭りにならず、観客数は伸びなかった。
    (観客は他の作品に夢中になっていた)

「開かれた商品」は、思わずSNSにアップしたくなるもの、商品の一連の体験のなかにシェアすることまで含まれるものである。
ディズニーランドに行ったということは、ディズニーランドにいる自分の中に閉じていない。
誰と行って、何に乗って、どのくらい自分が生き生きと楽しんだかという表現ができるコンテンツとして、体験を発信し続けている。
発信リテラシーが必要な時代に、こうした「開かれた商品」を作り、100億円を目指したシン・エヴァンゲリオンの物語のように、参加し、表現するというところまでパッケージにした体験をデザインできる時代となった。
商品は「運営」するものになってきているのだ。

推しエコノミー

ファンが作品を見るだけでは完結せず、発信者になるのはSNSが発展した現在の特徴である。
100億円規模のお祭りには、この要素が欠かせない時代となっている。
シンエヴァ、コナン、鬼滅は上記の要素を満たすことで、お祭り化に成功した。
(みんなで感情をシェアする時代)

5.推しエコノミーの確立

  • キャラクターとは「運動体」であり、動きが止まった瞬間に価値はゼロになる。
    (SNSで呟かれなくなる)

  • 日本のキャラクターで最も認知度&好感度が高いのが『ドラえもん』である。認知度 98%、好感度 70・9%。

  • 資本は「消費」から「参加」へフェーズが移り変わっている。
    推しエコノミーにおいての貨幣はキャラクターであり、中央銀行は
    ユーザー個人である。

  • 貨幣の交換場所はスマフォに移っている。
    (TikTok、YouTubeなど)

ここでは、推しエコノミーの総括としてキャラクターを貨幣として扱っている。
こういったキャラクター経済圏の動きは、ビットコインのように中央銀行が存在しない。
個人が「推し」という感情で作品の品質を保証しているのだ。

6.個人的に響いた箇所

仏教の仏像も、本来はイスラム教のように「形あるものを作って拝むこと」自体が邪道と言われ、中国でも量産されていなかった時代に、日本人は仏像をバンバン彫って普及させ、ガンガン拝んだ。
仏教の教理を唱えるより前に、美しい仏像というモノそのものを崇拝し、そこから間接的に宗教心に目覚めていく。

推しエコノミー

日本のフィギュア文化の源はこういった場所から垣間見ることができる。
しかも、元の仏像の姿に日本オリジナル要素を加え、それを崇拝するという動きが起きているのが面白い。
偶像崇拝を否定しているのに、勝手に作り始めるモノ信仰の力強さを感じる。

欧米は「憑依キャラクター」を求める。それがどれほど奇異な象形をしていても、中身としては結局人間に近いキャラクターなのである。
ハローキティやミッフィーのような「話さないキャラクター」は稀だ。
トイ・ストーリーのロッツォ(くま)や「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のロケット(あらいぐま)のように、どんなに愛らしい風体でも、中身はオッサンといった風情で、「人間らしさ」を表現することが、彼らの根底にはある。

推しエコノミー

キャラクターに内面を求めない日本人の異端さが面白い。
日本人はキャラクターに内面がなくても、自分で味付けをして愛でてしまう。
欧米は中身が人間ぽくないと愛せないようだ。
ピカチュウのようなキャラが受け入れられた理由は気になる。

6600万年前の隕石衝突で 8 割の生物が一夜にして消し去られたことは前述の通りだ。だがそこから復興するのにどれほど時間を要したか、ご存じだろうか。
なんと「 2〜 3 年」である。驚くべきことに、たった 2〜 3 年でほとんどの生物が復活しているのだ。生態系の逞しさは我々の想像をはるかに超えている。

推しエコノミー

「へぇ」知識。
これは豆知識としてどこかで使いたい。
本書では、組織を一度解体した方が改革が進む例えとして挙げている。
「まず破壊せよ」と言った毛沢東を思い出す。


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