爆発侍 尾之壱・爆発刀 二十

第二章 温泉宿場の邂逅 五

 中へと招かれた右門は、まずは道場へと赴き、上座に祀られた神棚に一礼する。
 その後、堤の促すまま奥の座敷へと通され、やがて二人の前に酒と肴が乗せられた膳が運ばれる。
「さあ、飲め飲め。今日はどうせ後は寝るだけだろう。なんなら泊まっていけ」
「いや、今日はご挨拶だけと思っていたので、程々で宿に戻ります」
 差し出された徳利をやんわりと辞退する右門に、堤は
「なんだ、つまらぬ事を言うなあ。宿は『しまづ』か?」
「ええ、慈外流の定宿と聞いていますからね。お陰で良くしてもらっています」
「それにしても、あそこを使うのは人数を要する出稽古の時だろう。お前一人なら、うちに滞在してくれても問題無いのだぞ」
「一人ならご厚意に甘えさせてもらったのですが、今回は他に連れがいるもので」
「ほう、連れか。だが、慈外流の門人ならば一緒に連れて来る筈だ……と、なると」
 猪口に注がれた酒をすすりながら、堤が意地悪な笑みを浮かべる。
「……女か?」
「ああ、いや、その」
 口ごもる右門を見て、堤は面白そうに、
「そうか。その様子だと……おきぬ殿ではないか。もとよりおきぬ殿なら俺にとっても身内も同然、連れて来る筈だしな」
 右門の表情がこわばる。
 それを見て、堤はふむ、と肩をすくめると、お互いの猪口に酒を注ぎながら、
「まあ、俺も自慢出来るような生き方をしている訳では無いし、あまり野暮な事を言うつもりも無いが、あの出来た女房殿を泣かす事だけはするなよ」
 右門は黙って、猪口に注がれた酒を見つめる。
 堤が独立してこの地に道場を開いたのは、前述の通り五年前の事である。右門の妻であったきぬは元々下総の出身で、右門との縁も本家道場との繋がりなので、堤自身もきぬとは面識があった。
 後に、右門ときぬは江戸で結ばれる事となるのだが、その後のきぬの死にまつわる一件は、道場内でも、
「故在って、一切他言無用」
 とされたため、堤は彼女の死を知らない。
 堤は、右門が江戸から武蔵に移り住んだ事は知っていたが、右門ときぬは今も夫婦で、共に暮らしていると思っているのだった。
 右門の様子が「不義を咎められた」事によるものと勘違いしたのか、堤は格好を崩し、話題を変えた。

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