爆発侍 尾之壱・爆発刀 十八

第二章 温泉宿場の邂逅 三

 右門は免状を元通りに畳んで懐に仕舞い、残っていた茶を一気に飲み干すと、立ち上がった。
「さあ、そろそろ行くか。この調子で行けば、日が暮れる前に那須の宿場に着けるだろう」
 
 
 陽が西の山に隠れる頃、右門とおこんは那須の湯掛ゆがかり温泉宿場に到着した。
 二人は慈外流の門人がこの地に訪れる際に定宿としている旅館「しまづ」に向かうが、宿の入り口はごった返し、傍目にも湯治客で賑わっている様子だった。
 ともかく主人に相談してみようと店の奥に入っていく右門を見送るおこんだったが、
「お客さん、お泊まりでしょう?」
 と後ろから声をかけられ振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた恰幅の良い女中が立っている。
「ほらほら、長旅お疲れでしょう。まずは足を洗って下さいな」
 言われるがままに店先の縁台に引っ張って行かれると、足下に大きなたらいがどん、と置かれ、そこに温かな湯がざぶざぶと流し溜められた。
 この時代、旅と言えば徒歩が基本である。歩きづめで汚れた足をきれいにするために旅籠では入り口で水や湯を提供し、旅人はそれで足を洗うのだが、たらいにたっぷりと注がれる湯が白濁しているのにおこんは気づいた。
 不思議に思ったおこんが女中に聞いてみると、
「まあ。これは、温泉のお湯なのですか?」
「そうですよ。遠慮なさらずに、さあ、どうぞどうぞ」
 どうやら聞かれるのはいつもの事らしく、女中は笑いながら湯を張り入れ、念のためと手を入れて温度を確かめている。
「温泉のお湯をわざわざ使うなんて……贅沢ですね」
「そんな事ありませんよ。ここじゃあ温泉の湯なんて、それこそ捨てるほどあるんですから」
「捨てるほど? そんなに?」
 目を丸くするおこんに、女中は笑顔で答えた。
「うちは特にお許しをいただいて、源泉から宿へと湯を引いてるんですよ。ですんで、掛け流しの出っぱなしですからね。こういう事にも使わないと、もったいないぐらいです」
「そうなんですね……」
 この時代の温泉宿場はそれぞれの宿毎に独自に内湯を持つ事は稀で、基本的には外湯である共同浴場へ通う形が一般的であった。
 この「しまづ」が内湯を持っているのは、宿場で最も規模の大きい所謂「一件宿」の体裁を整えていたからだろう。
 そう言えば、右門がここの主人が宿場の顔役でもあると話していた。そう言う事も関係しているに違いない。
 準備を終えた女中に促され、おこんは縁台に腰掛けて足袋を脱ぎ、たっぷりとした湯に足を浸した。
「ああ、気持ちいい……」
「でしょう、結構評判なんですよ。普通の湯よりも足の疲れが取れるって」
「そうでしょうね。天にも昇る心地です」
「うちには、専用の露天もありますから、たっぷり楽しんで下さいな」
「ええ、そうさせていただきます」
 温かい湯の中でゆっくりと足を揉み洗い、おこんはうっとりと目を細める。

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