爆発侍 尾之壱・爆発刀 三八

「……承った。で、何処へ赴けば?」

「ああ、いえ、今はお勤めがあるとの事ですので、後ほどこちらに……」

「御越しいただけるか。承知つかまつった」

「では……」

 襖の向こうの気配が去るのを確かめると、宮部はゆっくりと起き上がった。

「そうだったな。明日は慈外流の稽古日であった」

 この屋敷の主である智惠道徳は、慈外流に剣術指南を任じている。そして明日は、土地に道場を構える慈外流の道場主がこの家の家臣に稽古を付ける為、屋敷へとやって来る日である。恐らく話というのは、その稽古に関する事であろう。

 宮部は智惠家の家臣では無いし剣の流派も違う為、稽古への参加は強制では無い。その是非は完全に宮部に一任されてはいたが、智惠自ら話があると言う事は、次の稽古で宮部になにかしらをさせようという腹づもりなのであろう。

 宮部は、智惠家の都合にはさして興味は無い。剣にまつわる事であったとしても、この地に在る者共の振るう技は、宮部の興味が向く程のものでは無かったからである。

 今、興味が向くとすれば……あの男か。

 宮部の作り出した結界の壁を斬り破り、返す刀で宮部の大刀をへし折った長身の偉丈夫。

 宮部は昨夜の襲撃を阻止した剣客を思い出し、無意識に左手で脇腹をさすっていた。

 あの時受けた傷は、既に塞がっている。だが、この傷を癒やす為に、想定以上の妖力と時間を費やす羽目となった。通常の刀傷ならば意識せずとも苦も無く塞がるものを、あの男の刃は、それを許さぬ力を持っていたのである。

 間違いない。あの男の振るう剣は、あの女狐の最後に残された尾が形を変えた物だ。それに蓄えられた妖気も、刃に込められた威力も、尋常なものではなかった。

 希代の大妖の妖力が形を変えた剣である。その強大な力を御し、扱う為には、それに相応しい精神力と膂力が求められる。それが無ければ妖力は扱う者の心身を容易く侵食し、穢してゆく。そうなれば、衰弱死か、発狂か……いずれにしろ、たどり着く運命は破滅しかない。

 だが、あの男は――、

「あの剣を易々と使いこなしていた」

 あの女狐の妖刀を御するだけの気力、胆力を持ち、なおかつ宮部の剣をへし折るだけの膂力、剣の業前を持ち合わせていた。

 あの男は、人間としても剣士としても、徒ならぬ域に達している事は間違いない。流石に、九尾狐が目を付けるだけの男だと言う事か。

 それにしても……、

「無様なものだな」

 口に出してみると、それが可笑しさに変わり、宮部の口元から引きつるようなわらい声が漏れた。

 あの傾国の大妖怪が、人間の力に縋り、その守りを当てにせねばならぬとは。

「落ちぶれたものだな、女狐よ」

 そう嘲り、ひとしきり嗤うが、それが不意に止む。

ここから先は

459字

¥ 300

いただいたサポートはマインドマップの描き方や、物事をわかりやすく説明するための活動費として使われます。 よろしくお願いします。