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美術館のススメ

美術館へ行ったことがありますか。
大きなドアをくぐってチケットを買って、音声ガイドを配ってる場所を抜けて、「ごあいさつ」を前に佇む。

美術館に行きたいけどなんだか敷居が高い、たまに行くけど「綺麗だった」以外の感想を思いつかない、そんなあなたへ。
これは西洋絵画について研究して、文化芸術への入口を広くする仕事をしてる私からの、小さな小さなプレゼントだ。
お酒でも飲みながら、久しぶりに会った友達の話を聞く感覚で読み進めてくれると幸いだ。

一つだけお願いがあって、私が話すことはいわゆる「昔の絵」の話が中心となる。20世紀以降のいわゆる現代美術になると、作品によって見方を変える必要がある。その話はまた今度にさせて欲しい。
西洋絵画の歴史をさくっと見られるのも別に書くのでまた読んでくださいな。

長々とこれから書いていくつもりだが、先に結論だけ言っておくと「作品を見る前にキャプションを見ない」これに尽きる。
あと慣れてきたら音声ガイドはつけずに見て欲しい。



そもそもなぜ美術館にいくのか。人それぞれだろう。電車の広告の絵が綺麗だったから、仲良い人に誘われたから、違う世界を見たいからetc...
理由は何でもよくて、ただせっかく1,500円なり2,000円なり払うなら深く濃く、その技術や思想、天才の偉業に触れて欲しい。
ここ最近、コストパフォーマンスとは別にタイムパフォーマンスという言葉が市民権を得ている。つまり、「値段に見合う価値かどうか」に加えて「時間に見合う価値かどうか」も判断基準にされている。
20分の動画よりも10分の動画が再生されるように、長時間の映画を1本集中して見続けられないように、Tiktokなどの1分以内のコンテンツが流行るように、「手軽さ」を追求した結果が現れ始めている。
その点、美術館のタイムパフォーマンスは最悪だ。しっかり見続けると3時間も4時間もかかる。それでも私は、あなたにそれくらいゆっくり絵を見てほしい。そしてくたくたに疲れて最後のショップへ向かって欲しいと思うのだ。


1.美術館へ行く準備

大抵の人は準備なんてしないだろうが、初めて行くなら気になることはたくさんあると思う。
服装はどうしたらいいのか、入るために予約は必要なのか、事前になにか勉強しないといけないのか……。安心して欲しい、仕事の帰りにふらっと寄ったとて楽しめる、美術館はそういう場所だ。
服装は正直なんでもいい。別にスウェットとパーカーで行っても誰も気にしない。皆見ているのはあなたではなく、作品だ。
予約は必要ない。たまに予約受付しているところもあるが、どうしてもこの時間に入りたいという希望がなければ、当日そのまま行ってチケットを購入すればいい。
事前の勉強については、していると楽しめる人と楽しめない人がいる。分かりきった答え合わせが好きな人はその展覧会のHPで勉強すればいいし、こんな絵が来ているんだと驚きが欲しい人はノー勉で行くといい。

ただしあくまで西洋絵画についてだが、これから見る絵画の時代や様式、作家について知っていた「ほうが」楽しめると思う。
付け加えるなら、キリスト教のストーリーを知っていると尚よい。ちなみにいわゆるオールドマスターと呼ばれる作家(だいたい18世紀以前の作家)を研究する時は、キリスト教の知識がないと話にならない。何が描かれているのか、その絵画がどのように「使用」されていたのか理解できないからだ。申し訳ない、これは余談。


2.絵画を見る時に

絵画を見る時にどこを見ればいいのだろう。この記事を読んでから美術館に行くなら、これだけは私と約束して欲しい。
絵画の横に書いてある「タイトル」と「キャプション」は絵画を見る前には絶対に見ないで欲しい。キャプションとはその絵画の歴史や主題、作者が記載されているプレートだ。
ほんとに、絶対に先に見ないで欲しい。見たらその絵を見る楽しさが3割くらいになる。

まずは絵を見る。考え方をパターン化していると楽になる。

・何が描かれているのか
・そこにはどんな意味があるのか
・どんな描き方をしているのか

大まかに言うと、この3つがポイントになる。
そもそも同時代の新進気鋭の作家の展覧会じゃなかったら、作品はすべて「美術館に飾られるくらいの作品」なわけだ。クオリティは保証されると信じて欲しい。

・何が描かれているのか
突然全てを理解するのは難しい。まずは何が見えるのか言語化するといい。魚なのか果物なのか、人は何人いてどこで何をしているのか、特徴的なものはなにか、自分の知っている言葉でその絵を説明してみて欲しい。意外と何も見えてなくて、自分の言語化能力の低さに気がつくと思う。粘り強くいこう。

・そこにはどんな意味があるのか
言語化できたら、次はそれがどんな意味を表すのか考えてみて欲しい。正解じゃなくたっていいのだ。なぜそんな格好をしているのか、なぜそこにそれがあるのか。どんな場面なのか。つまるところ、「どんな場面なのか」にたどり着くことこそ、絵を見る醍醐味なのだ。それを考える時に、知識があるとさらに楽しめるという話になる。
例えば「赤い服に青い羽織」の女性が描かれているなら、それはほぼ100%「聖母マリア」である。というかその辺の時代で女性とベイビーが描かれていたら十中八九「マリアとイエス」なのだ。頭に金色の輪っかが描かれていれば聖書の登場人物や聖人だし、白と黒の修道服を来ていればドミニコ会修道士だし、髑髏が描かれていたら人の死の儚さ(ヴァニタス)を表すし、、、、、。
こういう話もまた今度したい。


・どんな描き方をしているのか
どんな場面か想像できたら、次はどんな描き方をしているか言語化してみて欲しい。光はどこにあるのか、筆をどう動かしたらこの線になるのか、色の濃淡はどこで分かれているのか、画材は何を使っているのか、分からなければ想像でいい。たくさん見ていればそのうち傾向がわかってくる。そしてその傾向が「様式」と名付けられていることも実感できるだろう。
カンバスに縦に線が入っていたら、接ぎ足した可能性がある。絵が不自然なところで切れていたら、そもそも絵を切り取った可能性がある。そんなことを想像しながら丁寧に言語化して欲しい。

そして最後に、その絵から去る直前にキャプションを見るなり音声ガイドで「最先端の研究の成果」を確認する。
ほらこうしてると1枚見るのに15分くらいかかりそうじゃない?
そうやってたくさん目と頭をつかって、ゆっくり静かなあの空間を闊歩して欲しい。
慣れてきたら、なぜこの順番でならべられているのか、この展覧会のストーリーはどうなっているのか、結局キュレーターはこの展覧会で何を見せたかったのかを考えていくとさらに楽しめる。


そうそう、最後にショップでポストカードでも買って帰って欲しい。お金を落とすのが大事だという話はもちろんあるけれど、いつか家でポストカードを見てその展覧会を思い出して欲しい。
ドアをくぐって外の空気を吸って、あぁまた行こうって思ってくれるなら幸せこの上ない。


結局何をするにも知識は必要だ。ただ、いわゆる勉強を無理してしなくても美術館は楽しめる場所だ。どうか昔確かに生きていた天才たちがなぜ天才たるのか、本物を見て目を養って欲しい。そして、たかが1,500円で軽率に時間旅行を楽しんで欲しい。



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