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[現代民家採集]その2『安房分棟型と振幅する増改築』

少し前に東京を走っていた少しだけ古い通勤電車に揺られ、列車は南房総市に入る。車窓から時折望む太平洋は、浜の景色と磯の景色を交互に繰り返しながら、ただひたすらに穏やかであった。南三原駅で列車を降り、本日の目的地である旧尾形家住宅に向かう。駅から目的地までは徒歩1時間強と決して楽ではない道のりだが、このまえ佐賀で見た「くど造り」のときと同様に、道中で現在の民家の様子を眺めることも、今回の目的のひとつである。

「安房分棟型と振幅する増改築」

千葉県安房地域では、座敷(母屋)と台所(釜屋)の2棟で構成された民家がみられる。分棟型(または二棟造り)と呼ばれるこれらの民家は沖縄・奄美、南九州と北九州の一部、愛知県東三河地域と静岡県遠州地域西部、千葉県南部と茨城県北部で確認されており、中世の武家住宅様式を伝えるものとする説やかまどを母屋から離すアジア・太平洋地域の古い習慣が残るものだとする説などがありその由来は定かではない。
 
旧尾形家住宅は、1728年(享保13年)、代々当地の名主を務めた尾形家により建てられた住宅で、建設当初は主屋から土間が切り離された分棟型であった。土間は江戸時代末期にひとつの屋根をかけ渡してつなぐことで主屋と一体化されたが、1972年(昭和47年)の移築にあたって当初の姿に復元されている。釜屋は母屋に直交して妻入りで配され、その小ぶりなサイズ感もあって、母屋に対する合いの手のようにみえる。これら意匠的な工夫によって2棟でひとつの建築的な全体性を有している。
 

重要文化財旧尾形家住宅
重要文化財旧尾形家住宅
重要文化財旧尾形家住宅


安房分棟型における母屋と釜屋は、①2棟が完全に離れた雨の日は傘をささないと別棟に行けないものと、②間を渡り廊下のようなつなぎの建屋で繋いだもの、③屋根が接していて間に内樋を架け渡したもの、また、復元前の尾形家住宅のように ④2棟として建てられた軸組に1つの小屋組みを架け渡したものという大きく4 パターンがある。
母屋と釜屋の2棟は時代が下るにつれてつなぎの建屋もしくは内樋によって空間的に一体となっていったようである。そして、この2棟は必ずしも同時に建てられるものではなく、老朽化しやすい釜屋が後年建替えられるなど多くの事例で更新時期に差が見られるそうだ。

安房地域の分棟型変遷図(2015年 日塔シンポジウムより筆者作図)


さて、南房総の現代住宅がどうなっていたかというところだが、この分棟型のプロポーションはなお健在であった。南房総市千倉町瀬戸では、おそらく戦前からのものであろう、かなり豪勢な分棟型の住宅群がみられたが、南房総市全域で特に多く見られたのは、漁村特有の長手方向に切り詰められた寄棟の母屋の隣に、直交する2階建てを空間的に連続して配している住宅である。建築年代はいずれも1970年前後と思われる。2階建ての棟の1階が台所になっているかは確認できなかったが、この主と従のかわいらしい関係性は明らかに安房分棟型のそれである。南房総市明石のある住宅では、ちょうど家の前で畑仕事をする住人がおり、話を聞くと、母屋を40年ほど前に建築したのち、隣接した2階建ての別棟を平成10年に建築したとのことである。建て方のプロポーションだけでなく、増改築の手付きにも分棟型が生きているようにみえた。
 

南房総市加茂
南房総市千倉町
南房総市岩糸
南房総市千倉付近
南房総市丸本郷


また、南房総市沓見のある住宅では、現在母屋の左勝手に小規模な増築棟が建っているが、その場所の1975年の国土地理院航空写真と2018年GoogleEarthを確認すると、増築棟の場所にはそれより古い平入りの母屋が建っていたことがわかった。これが意味するところは、数十年前より建つ旧母屋に対して、右方に2階建て別棟(現母屋)を建築、その後2018年〜2019年にかけて左の母屋を取り壊して平屋の増築棟を建築したということである。鹿児島県奄美地方ではトーグラと呼ばれる母屋に接続した分棟に生活機能の大部分が移動した事例が存在する(持田, 1961)。沓見の事例でも母屋の左右交代が見られ、奄美における「なかえ住まい」(日本の民家第4巻 分棟型とくど造り)の類例とも捉えられる。
 
このように、安房地域では片方の建築物を建替えて生活の中心を移転し、後に古い側を更新する建築行為が見られる。また、この交互に増改築を行う建築行為は住宅以外のプログラムでもみられ、例えば南房総市岩糸に建つJA安房丸山支店は旧建物の東方に増築建物を建築、2014年に旧建物を解体したのち、増築建物の西方にエキスパンションジョイントでつないだ新増築建物を建築している。
 
これらの事例は、常に2棟で建築的な全体像を形成していると同時に、増築と解体を左右交互に繰り返し徐々に更新していく「振幅的増改築」とも呼べる建築像を示している。ゆらぎながらもひとつの持続を伝え続けていく「振幅的増改築」は、スクラップアンドビルドと保存の間でゆれる現代の建築像になにかオルタナティブを提供してくれるかもしれない。



JA安房丸山支店 左側が増築棟、右側が新増築棟
南房総市沓見の迎接寺 寺院のプロポーションもどこか似ている
かわいい。(館山市加茂)

参考文献:小川, 1968, 「民家形式の系譜試論」
     宮澤, 1980, 「南方系の民家」
     杉本, 1984, 「日本のすまいの源流」シンポジウム
     榎, 1995, 「安房地方の民家に関する調査報告」
     日塔, 2015, 「安房の分棟型民家」シンポジウム
     中尾, 2016, 「分棟型民家の研究試論」
踏査時期:2019年7月~11月 (計5回)


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