優しさループ

2020年12月25日金曜日。
いつもと違う特別な年の特別な日。
平日の特別な日。
コロナ禍に揺れる世界の中の小さな出来事。

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俺はヒロシ。
20歳の大学生。彼女なし。クリスマスなのに、少し寂しい。
今日は年内最後の通学の日。
「落としましたよ。」
目の前でスーツ姿の女性がSuicaを落としたので、拾って手渡した。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
すぐに別れ、別々のホームへ。

大したことはしていないけど、お礼を言われるのって嬉しいな。

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私はミサキ。23歳の会社員。
社会人になって初めての冬。
さっきSuicaを落としたけど、大学生っぽい男の子に拾ってもらった。助かった。
落とさないように気をつけなきゃ。

郊外から電車に乗る私は毎日座れる。
通勤で立つのって辛いよね。

徐々に電車は込み始め、立つ人もちらほら。
ある駅で杖をついたおばあさんが乗ってきた。

「どうぞ座ってください。」
朝の通勤電車って席譲らない人が多いよね。
ちょっと自己満足? と思いながら席を譲る。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」

次の駅で降りて改札へ向かう。
久しぶりに朝の電車で立ったけれど、とても気分が良かった。

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私はタエ。75歳。
毎週電車で2つ隣の駅の病院に通院しています。
腰が少し悪いのですが、今朝は優しいお嬢さんが電車で席を譲ってくれました。ありがとうございます。

「あっ」
降りた駅の改札前で財布を拾いました。
歩くのが辛くて交番まで行けないので、駅員さんに渡しました。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」

駅員さんにお礼を言われてしまいました。
なんだか、今日は腰の調子がいいような気がします。

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「財布落ちていませんでしたか?」
「こちらでしょうか。」
「はい。これです!」
「朝、おばあさんが届けてくれたんですよ。」

おばあさんはもうそこにいないのに「ありがとう!」ともう一度言って財布を受け取った。

私はタケル。34歳の会社員。
急いでいて朝財布を落としてしまい、昼時に財布がないことに気がついて探しに来たら、届いていた。
よかった。

昼食を食べて会社に戻る途中、目の前の男の子のリュックサックからパスケースが滑り落ちた。
「落としましたよ。」
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。」

時間がなかったので走って会社に戻る。
空は曇っていたけど、心は晴れやかだ。

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俺はヒロシ。
20歳の大学生。彼女なし。この悲しい自己紹介はあまりしたくない。

パスケースを拾ってもらってお礼を言って、前を向いたらどこかで会ったことがあるような女性の姿があった。

「あ、朝の!」
女性の声を聞いて朝の出来事がよみがえってきた。
「あ、パスケース落としたの見つかっちゃいました…?」
「はい。」
「あはは…。落とさないように気をつけないといけませんね。」

ちょっと恥ずかしいような気がして笑いながら少し会話をした。

彼女は言った。
「優しい人には優しさが返ってくるんですね。優しさはこうして巡るんですね。」

はらりとふたりの間に雪が落ちてきた。
「ホワイトクリスマスですね。」
「そうですね。」

ふたりは思い出したように言い合った。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」

彼女とはそこで別れ、それぞれの道を歩き出した。

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時間がなく書けないような気がしましたが、一気に書きました。
こちらの企画参加作品です。

今年の冬はアドベントカレンダー企画2つに参加した特別な冬になりました。
ありがとうございます。

みなさまにも、もちろん私にも、優しさが巡ることを願っています。

それでは、メリークリスマス!

伝え合いましょう。気持ち。