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ソウシリーズはミステリースリラーからスプラッターに変わってしまった

はじめに

みなさんこんにちは。こんばんは。初めまして。

六花小豆と申します。


今回、このnoteを書こうと思ったのは、『ソウX』(2023)を視聴後、ふせったーでは書きにくい感想だなと思ったからです。

ソウシリーズは通してすべて観ており、私が好きな映画シリーズのひとつです。
ですが、皆さんご存じ(?)の通り、同シリーズは回を重ねるごとに評価が下がってきていました。
個人的には、『ソウ ザ・ファイナル3D』(2010)、『スパイラル:ソウ オールリセット』(2021)以外はどれも好きな作品で、特に『ソウ3』(2006)が気に入っています。

ソウシリーズといえば、物語が進めば進むほど謎が深まり、最後にすべての伏線を回収する気持ちよさがウリだと思っていたのですが、今回最新作として公開された『ソウX』は、一味違った仕上がりになっていました。

本noteでは、それも含め、物語の核心に触れない感想と、核心に触れる感想を書いていきます。

また、本noteが初投稿となるため、読みにくい文章ではありますが、読んでいただけると嬉しいです。

最初にも書きましたが、ほとんど衝動的に書いておりますため、次回更新は未定・更新をしたとしても不定期になることをご容赦ください。


あらすじ

機械工学に精通した実業家のジョンクレイマーは、脳に腫瘍が見つかり、余命が数か月であることを知る。

後日、末期がん患者が集まるセラピーで知り合っていたヘンリーとカフェで再会し、なんとヘンリーがステージ4のすい臓がんを克服したことを告げられる。

ヘンリーはアメリカでは認可が下りていない薬物を投与され、手術との合わせ技でがんを治療したのだ。

藁にもすがる思いでジョンはその違法な香りがする医者に問い合わせると、手術の枠を特別に空けてもらい、メキシコへ向かうことに。

だが、その医者は詐欺師であり、手術や薬物は真っ赤なウソだったのだ。

人間の命をもてあそぶ無法者に、ジョンは正義の鉄槌を下すゲームを始める。


以下、日本版予告編



ほとんどネタバレなし感想

ソウXは続編でありながら、シリーズの原点に回帰した作品だと視聴前に見ていた。

確かにジョンが出てきてくれることはうれしい。ジョンを演じるトビン・ベルは高齢だし、最新作が遺作になってもおかしくないので、本当にファンとしてはありがたいばかりだ。

もともと、ソウに出てくるゲームのほとんどはジョンが考えているし、それが映画のベースにもなっているので、ジョンが出てこない『スパイラル:ソウ オールリセット』は見ごたえがなかった。

ソウ4からはジョンの死後、後継者が醜い争いを続けるのだが、それでもなお回想で出てきてくれるだけで、ファンが喜ぶシーンになっている。

ソウXは予告編にもある通り、ジョンが生前に詐欺師に騙されるところで物語は始まるため、シリーズおなじみの謎が謎を呼ぶ展開にはなりづらく、やや平坦なつくりになってしまったように思える。

そもそも、ソウシリーズはメインの被験者がゲームにかけられ、サブの被験者たちも実は全員と関係がある、といった伏線回収の爽快感があるのだが、今回はそれがない。

また、逃げることができない建物の中を進むダンジョン形式も私は好みであり(ソウ4などは例外だが)、ここがソリッド・シチュエーションスリラーである所以だと思っていた。

ソウXでは、ソリッドシチュエーションではあるが、集められた被験者たちが1人ずつ選ばれ、目の前でゲームを行うので、ほかの被験者がただゲームを眺めるという構図になっている

ソウシリーズも回を追うごとに”罠”がハイテクになり、初期の頃の機械油のにおいがしそうなものが少なくなってきているのが難点。

どこにでもありそうな部品を寄せ集めて作られたような、いびつな拷問装置としての罠が好きだったために、どこか物悲しく感じてしまう。

物語としては見やすいため、続編の『Saw Ⅺ』(原題)にも期待したい。



ネタバレあり感想

まず開始30分で思ったのは、妄想をあたかも存在したゲームかのように描写をするのをやめてほしい、だった。

キービジュアルにもなっている、目にチューブをつけられた人のゲームは、予告編を見ても「絶対に目を吸われるんだろうな」とわくわくしていた。

ソウX公式ホームページ(https://saw-x.jp/index.html)より


ただ、あれが病院で盗みを働く清掃員を妄想でゲームに仕掛け、結局ジョンが注意してやめてくれたから実現しなかっただけ。

一気に肩透かしを食らってしまった。ここからジョンがカフェでヘンリーと再会するのだが、会話が退屈で、早くジョンが詐欺に遭ってほしいと思い始めてしまった


一方、ソウシリーズに触りのドラマパートは必要ないと思った。ソウ4あたりから、捜査パートとゲームパートに分かれ始めたが、”一方そのころ”風だったので違和感がなかった。

やはりソウシリーズは、アバンタイトルでドギツいゲームがないと、世界観に入り込めない気がした。

目玉吸いトラップの人が実は詐欺グループと関わっていて・・・といった流れの方が従来のソウっぽいし、伏線も機能している。

オープニングもエンディングも、ソウらしからぬ現代ホラー映画のつくりになっており、新鮮ながらも少し物悲しい印象を受けた。

しかし、ドラマパートが終わり、ジョンが詐欺に遭ったことを知ってからの展開は怒涛だった。

メキシコへジョンが向かっていたが、ゲームの舞台はそのままメキシコの医療チームがいた拠点。

詐欺グループの一味をさらい、拷問装置を作り・・・ほんとにこれ、すぐできるようなモノなのか?ジョンならできるとはならないだろ

助手のアマンダも、わざわざ飛行機で来させたんだろうけど・・・。

傷心中の老人が復讐しようとなってすぐアマンダを呼んでいるのも滑稽というか、急にギアをトップに入れた感じがどうもしっくりこなかった。

まるで”趣味”の人格矯正の機会を待ってましたと言わんばかり。本当に更生のためのゲームなのか?拷問をしたくてやってるようにしか見えない

エンドクレジットも完全にそうだよね。ヘンリーは完全に加担者だけど、お腹をズタズタにしたくて拷問してたし・・・。


ソウXの予告動画にダークヒーローものとコメントしている人がいたけど、確かにメインのゲームはそうかもしれない。

ただ、この映画を俯瞰してみると、私怨でゲームを行っているようにも見える。

かなり残念な出来と言わざるを得ない。

残念な出来といえば、ゲームの概要を説明するテープも、個人的にはさみしかった。

たとえば、ソウ5より抜粋する。

やあ ようこそ
生まれた時からお前たちは恵まれている
だが 道徳心に欠け 他人を犠牲にして自分たちの欲望を 追い求めてきた
今日 その利己的な考え方が試される
生き残るために5人で力を合わせるのだ

Saw V(2008)

ソウ5では、5人で力を合わせないと悲惨な目に遭う。むろん、自己中たちが集められたところで、一抜けを我先にと出し抜きあうのだが、ここで上で引用したテープの内容が教訓となってくる。

ソウのゲームはただの拷問ではなく、教訓なのだ。ゲームの参加者が、今までの自分を見つめなおし、痛みを伴って更生していく

だが、ソウXでは、ゲーム開始時のテープに皮肉めいた台詞はほとんどない。

詐欺グループの一人ひとりをゲームにかけていくので省略したのかもしれないが、もう一味欲しかったと感じた。

また、このゲームの流れも、映画のテンポを非常に悪くしている。

ジョンとアマンダが参加者を監視する部屋に出たり入ったりして、ゲームが進行する。

ソウに出てくる人形のビリーが自転車を漕いで道具を被験者のもとに届けてくれるのだが、ジョンたちがこれを持ってきても一緒じゃない?と思ってしまう。

映画の演出・予告編に使いたいがために非合理的なシーンが連続してくる様に半ば呆れてしまった。

麻酔なしで脳をちぎらなきゃいけないゲームでは、被験者は時間が足りず処刑されるのだが、そのデスマスクには古代メキシコの像がかたどられていて、これは非常に好みだった。

作中で「生贄の心臓を捧げる」という引用があったと記憶しているので、最後胸に付けられた黒い箱が作動し、心臓がボトッと落ちてもいいなあ、と思ってしまった。


そしてクライマックスでは、ジョン自身がゲームにかけられてしまう展開になるが、とても良かった。

ロッテントマトの高評価は全部ここに集約されてるのでは?と思うくらいには、意外性もあるし、何より設計者がどう切り抜けるのか、スリリングに視聴できた。

ジョンと”罠”にかけられたサッカー少年が、意外にもジョンを救うために苦痛を分かち合う場面は心に訴えてくるものになっており、終わりが見えないゲームに感情移入して観ることができた。


その後、セシリアとパーカーがジョンの思惑通りゲームにかけられていくわけだが、そのときにソウシリーズおなじみのテーマ曲が流れ、今までの断片的なシーンが挿入されていく。

今までのソウシリーズであれば、その挿入されたシーンが伏線として機能してくるのだが、ソウXではそうではない。

「銃はルール違反」、「金は2階にある」など、視聴者が伏線だと感じてしまうシーンを改めて観させられても驚きがないのだ。

私がお気に入りの『ソウ3』では、夫婦に見えなさそうな登場人物たちが実は夫婦であったり、ゲームと無関係だと思えたアマンダが実は被験者であったりと、映画のクライマックスにすべてが集約されていく様は脳汁が出まくるのだが、
ソウXでは無理やり作っていっている感が強く、なんならジョンがゲームにかけられ始めたあたりが脳汁のピークだったと言っても過言ではない。

しかも、更生の余地のないセシリアがどんな悲惨な目に遭うかと期待しても、ただ置き去りにされているだけで、視聴者側にも爽快感がない。


その後、爽快感を失った視聴者を迎えてくれるのは、ポストクレジットシーンに現れるホフマン刑事なのだ。

正直ジョンと仲良くしているホフマンを見ることができるのは、ファンとしてすごくうれしかった。

ホフマンが出てくるんだったら、なんとかゴードン先生も出して欲しかったと思わざるをえない。全体的になんとも微妙な雰囲気が漂ってしまっている。

とは言っても、ほとんどネタバレなし感想で書いたように、ソウⅪがどう描かれるのかは気になるし、また公開初日に観に行こうと思う。なんだかんだソウシリーズが好きだし。



おわりに

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

つたなく読みにくい文章ですが、また機会があれば更新をしたいと思っております。

映画や本noteの感想がございましたら、お気軽にコメントしていただけると嬉しいです。

それでは。



文責:六花小豆



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