小説| 水際の日常。#12 - 夜の大人の保育園、ぼったくりと言われても。
■昼職のスキルを使いまわす
「K区消防団慰労会」は、危惧していたような乱痴気騒ぎには至らず、和やかな宴の体裁を保ちながら自然な流れでカラオケ大会が始まった。
園児相手に歌い踊り、日々の大小の催事の進行を仕切る昼職のスキルがここで生かされるとは思ってもみなかった。最近は、カラオケといえばモッチィ、が定番になっている。カラオケが始まるとお酌の業務からは外れることができるが、その代わり、誰かが歌っている間にさっとお座敷を回り、歌が途切れないよう別のお兄さんをカラオケに誘い、希望する曲を聞いてまわり、カラオケ機で検索をかけ、手早く予約を入れていく仕事がある。
声かけしたお兄さんが歌うのをゴネたり、なかなか歌う曲が決まらなかったり、「お姉ちゃんとデュエットしたい。何歌う?あ、その曲知らない。オレの歌える曲探して」などとお兄さんが言い出すと時間のロスになる。
なるべく早く会場内のカラオケ機前に戻り、歌っているお兄さんが孤立しないよう傍らで合いの手を入れ盛り上げる。お兄さんのピッチが大幅に外れている時は、そっとそばに付いてプライドを傷つけないよう注意を払いながら歌のサポートを入れる作業もしなくてはならないので、全く気が抜けない。
■延長取れないとママに怒られる
カラオケ大会の開始をお兄さん方に促すのは、宴会の後半過ぎあたりがベストタイミングだ。
徐々にデュエット曲を増やしていくと、お兄さんがコンパニオンと身体を密着させながら気持ち良く歌っている姿を見て士気が上がった他のお兄さんたちが「オレも!」「オレも!」と手を挙げ始め、デュエット希望者の順番待ちになる。園児の男の子たちがかわいい保育士の先生に順番に抱っこをせがむ光景と重なり、あたしは目を細める。気がついたらお座敷の制限時間の二時間があっという間に過ぎていって、歌い足りないお兄さん方の希望で三十分、一時間の延長までいくと大変ありがたい。延長を取るために、お兄さんに腰を抱かれながら「居酒屋」を歌っておくのも重要な仕事のひとつだ。デュエットの最中、あたしの腰に回したお兄さんの腕が下に移動し、指先が尻の割れ目をつたってまんこの肉の感触を探り始めることもある。指使いにそれなりの技術がともなっていた場合は、勤務中のリラクゼーションとして適当に揉ませておくくらいのたしなみはあたしも覚えた。
みんなのスムーズな連係プレイでせっかく良い感じに盛り上がったのに、このお座敷は、延長なしの二時間きっかりで終わった。しかし、破廉恥なことにならなくて済んだ安堵のほうがあたしは大きかった。
厨房の料理人や仲居さん方にあいさつを済ませ外に出ると、駐車場で、ひめ乃が亜哉子ママに電話報告していた。
「会の予算が始めから決まってたみたいで…粘ったんですけど…はい、はい、すみませんでした」ママの声がスマートフォンから漏れ聞こえる。十五分でもいいからなんで粘って延長を取らなかったんだとママが怒鳴っているようだ。
「次からは延長取れなかったら帰ってくんなって言われちゃった。みね岸として恥ずかしいって」
「ママってこの時間帯だいたいいつも酔っぱらってるからすぐ暴言吐くの。それに自分の言ったことすぐ忘れるよ。気にしなくていいって。ひめ乃ちゃんがんばったじゃん」あたしがフォローする。
「ありがと。コンパニオンも世知辛いね、花代の半分は置屋に持ってかれちゃうんだから。今日もお兄さんに『お前ら、たった二時間酒注ぎに来ただけでずいぶんとぼったくっていくな』って面と向かって言われたよ。あたしらだってぼったくられてるんですけど…とは言わなかったけど」
あたしは黙って頷いた。#第13話へ続く
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