イメージ香水を作りに行こう

 十月某日、私は職場の先輩と新宿に来ていた。推しのイメージ香水を作るためである。


 お世話になったのは新宿「FINCA」さん。今回のようにイメージを伝えての選定には事前予約が必須なのでご利用の際はお忘れのないようにしましょうね。コロナ対策のために30分枠でのご案内だったのだけど、じっくり悩むより直感で選ぶタイプなのでむしろありがたかったです。


~そもそもなんでそんなことになったんや~


 先輩(以下、T先輩)とは私の配属初日からオタバレし合った仲で、最近はお互いツイステとかそこらへんの話で盛り上がっていた。私が無印の金木犀のお香が手に入らなくてヤキモキしていたときに香水の話になり、「そういやオタク御用達、イメージ香水作れるとこありませんでしたっけ?」。そのままとんとん拍子に予約を取り、あとはもう楽しみにするだけの日々―――だと思うじゃん。
 FINCAさんでイメージ香水を作る際には「インタビューシート」の記入が必要になります。そこに、まずは好きな香りと嫌いな香りなんかを書くんだけど、重要なのはね、そう、推しの詳細なイメージを書かなきゃなんないわけです。あのね、苦しい。好きなひとのどこが好きですか?と聞かれて、えっとね、こういうところとか、こういうところとか、キャッ♡……なーんてタイプのオタクではないので、これがとにかく苦しい。書き起こすたびに「ウッそうこういうところが好き……」「ア゛~~~マジ本当に好きだ……」ってやるハメになるので、好きなことを再確認してしんどくなる。ゆっくり時間をかけてやった方が良いと思う。いや、マジで。


 駅前に集合して、お店に向かうまでの道中は慣れない新宿に戸惑う、なんて暇はなく、ひたすら「むしろ怖くないですか」「怖いですねえ……」の繰り返しだった。オタクは推しの存在感が強くなると逆に怖くなる。不遇な生き物だね。丸一日推しのことを考えていると体力を使うので、この日は異常に疲れたものだった。特に私は朝から一切余計なことを考えず最高の選択をするためにオリジナルの推しイメソンプレイリストを延々ループさせていたのでマジでキツかった。やるなよって? 馬鹿者、私の解釈を私が表現せんでどうするというのだ。
 ちなみに私は最初から「私は彼で行く!!」と決め込んで発進していたが、T先輩は二人ぶん書きこんで両方持ってきてずっとどっちにするか悩んでいた。苦痛も二倍だったろうに……。


~到着~


 開け放しにされた店舗のドアから良い香りがふんわり漂ってくる。白が基調になった店内にはバーの酒瓶みたいに香水が置かれている。

 いや~~~……来ちまったな~~~!!!!!!

 消毒・検温を済ませると、インタビューシートを用意して、待機。私はインタビューシートのことをずっと「カルテ」と呼んでいた。
 FINCAさんは、FINCAさんオリジナルの香水60種類以上の中からイメージにぴったりのものを選んで、さらにそこに「重ね付け」をすることでオリジナリティを引き出すという「PILE-UP」の手法を取っている。これで、同じ香水を選んでも個人の裁量で香りは全然違ってくるというワケ。だから同じ推しについて考えても、私が選んだ香水とは違うかもしれないのね。夢が膨らむね。
 そして、まあ著作権とかそういうアレもあるからなのだが、スタッフさんに直接画像や写真を見せることはできない。つまり、推しの外見情報も私たち自ら伝えなければならない。い~~~やキッツこれ! マジでキツい! そもそも大好きな推しのビジュアルを口頭で伝えるの、盛らないように控えるのマジでしんどかった。説明している間もHAPPYが溢れ出てくる……! 過剰……! 推しの過剰分泌……!
 ちなみにご自身の一次創作キャラならスタッフさんに画像を見せることもできるそうです。こだわりあるキャラにはこれくらいしてあげたい気持ちもあるからそういうのでもお世話になりたいですね(アッ! このオタク、もう二回目を考えている!)。


~いざ、説明へ~


 カルテ(インタビューシート)はざっくり広々と、推しの特徴を記すコーナーが設けられているので、枠ギチギチに語り尽くすことも可能。でもまずは好きな香りと嫌いな香りから聞いてくれます。私は「柑橘が好きじゃないです」くらいしかこだわりないのでサクッと終わりました。そこらへんもこだわれるひとはこだわって良いと思います。
 メインで書く推しについてですが、性別や年齢、職業、特徴、好きなもの、趣味……などという感じで「まず何を書いたらええんや!?」をなくしてくれる親切設計です。


「では今日お作りになられるイメージは、男性ですね~年齢が、不詳……? エッ不老不死……?」
「ハイ……アノ……不老かはわかんないんですけどとりあえず年齢は出てなくて……ただその不死……も厳密に言うと違うっぽいんですけど……」


 しどろもどろになりながら推しの特徴を口にするオタク、はっきり言ってキモすぎるね……! でもこれをしないと推しイメージ香水なんていつまでたっても生まれないの! いいからやるの! 大丈夫そのうち快感になってくるから(スタッフさんはとっても優しくイメージを引き出してくれるので安心してください)。


「職業が、ヒーロー! カッコイイですね~ランクも上位なんですね~」
「そうですね! 彼とても優秀なんです!」


 初っ端でこの説明をしたあたりで私は吹っ切れた。不死身の推しについてとことん語るつもりでいた。カルテにほぼ書いたけど。しかしそれを改めて説明していくと新たな発見が出てきたりするので終始楽しいのだ。


「174cm、65kgですか。けっこう筋肉質な方なんですね」
「(そうかも……いやそうだわ……小柄な方に目が行きがちだったけど……めちゃめちゃ筋肉質だ……)ですね……」
「青白い肌で、血色が悪いと。赤い瞳ですか」
「(読み飛ばしてください)そうなんですなんていうかそれで結構損してる部分もあると言いますかいや形は完全に人体なんですけどさっきも申し上げたように不死身の存在なのでこうあのグチャグチャになっても再生するというワケでしてそしてこの見てくれなのでやっぱ不気味に見られがちで」


 こんな感じに、見てくれの説明に加え、私は私なりの解釈も加えておいた。何せ私の推し、まだまだ謎の部分が多すぎるので……(原作者先生リメイク版先生いつもかっこいい推しをありがとうございます)。
 こうやって説明をしている間、スタッフさんがキーワードやイメージから香水をピックしてくれている。一通り(オタクのキモい)説明が終わると、ピックしたものを理由といっしょに解説しながら試させてくれます。
 今回持ち込んだ私の推しはヘヴィスモーカーでいらっしゃるのと、私の好きな香りにがっつり「煙草の香り」と書いたので、ツンとするタイプのを多めにピックしてくれました。
 そこで私は運命の出会いを果たしたってワケですよ、お嬢さん。
 何の気なしに嗅ぐワケ。で、衝撃を受けたよ。

 「居」る……!!

 そこに、彼が「居」る……!!

 私の中では香水をつけるタイプではない彼だが、確かに、そこに「居」た。誰もいなかったら発狂してた。スタッフさんはそのままピックしたものをちゃんと解説してくれたが、私が明確に動揺したのも見ているので「こちらはイメージに合っていらっしゃったみたいですね」と優しくキープしてくれた。そう、その香り、それ、8割正解だった。
 ここからがFINCAさんの独自性、「PILE-UP」のお時間である。パワーアップするタイプのヒーローみてえだ……。
 さっき私が一瞬とはいえ気を狂わせたものをベースに、更に「彼」らしいものを重ねてゆく。多いひとは三種類くらい重ねるとのこと。今回私は最初の一本で8割決まっていたので、後の2割を探そうと思ってました。闘うひとのためのピリッとしたイメージ、煙草をイメージしたツンとしたイメージ……ブラッシュアップされてゆく最高の推し像……夢でも見ているのか……。
 オタクは脳髄を揺さぶられた。スタッフさんは何気ない一言だったのかもしれないが、私はしばらくこの言葉を抱いて生きてゆく。

「彼はずいぶんミステリアスな方のようですね」

 ミステリアス。

 ミステリアスですって!!!!!!

 そ、それだ!!!!!!(それだ)(それです)(それだね)!!!!!!

 10割、つまり百点満点の答えがそこに出た。

「この二本で、お願いします」

 涙を堪えたオタクのキモい震え声だった。


 決まった後は、撮影をさせてくれます。かわいいフレームとかもいっしょに、今回選んだ香水の解説のシートを添えてくれます。
 こんな感じ。

画像1

 下にある黒の花がムエットで、選んだ香水を選んだ比率で吹き付けていただけます。私はしばらくスマホケースに挟んで、嗅いでは正気を失う危険な遊びをしていた。
 オタクなので推しに対する財布の紐は無いに等しいが、気になるプライスはかなりリーズナブル。30ml一本で2400円。なので、オタクの推しイメージ香水のような「キマッ」た遊びにも良いが香水初心者さんにもおすすめです。なんかいい香りを纏いたいけど、自分に合う香りとかわからん……って方。

 ちなみにT先輩ですが、三本購入されていらっしゃいました。横のスペースでやってたけど私よりかなり説明に力入ってて、なんかこう、あの、すごかった!


~楽にキマれる~


 おうち時間の増えた昨今、お部屋にこもりがちな昨今、推しへの偏屈的な愛情、さらに歪んではいませんか? 原作の落としてくる爆弾に怯える毎日ではありませんでしたか?
 その愛、昇華できます。香りという表現であなたのオタクライフをもっと向上させてみてはいかがでしょう? ちなみに私は帰宅早々壁の174cmのところにマステを貼り、首筋くらいの高さになるようにムエット代わりの画用紙を貼り付けました。これでいついかなるときも「キマ」ることができます。アトマイザーに移し替えて職場に持って行っても簡単に「キマ」ることができます。生活向上に対してかなりの有用性を示してくれていますね。

 T先輩とはそのままふらつく足取りでカフェに入り、お互いの推しを香らせました。全然毛色の違うキャラでやったので全然毛色の違う香りだったのが本当になんか知らんけど心の底から面白くてびっくりしてました。当然やろがい。


~帰路~


「Tさん……あたいこれ、自分の同人誌に吹き付けて一冊一冊ビニールで包んで会場で頒布したい……そんでねおうち帰ってから開けたひとのこと失神させたいの……!」
「手の込んだ殺人をするタイプですね」
 T先輩は相変わらずおしとやかな微笑みだった。対する私は、自分では見えていなかったけれど、かなり血走った目をしていたはずだ。
「まだ彼で本は出してないけどね……そのうちマジで出すけど……Tさんはどんな『キマッ』た楽しみ方をするんですか?」
「まずは今日のお風呂に吹きますね」
「お風呂に……? あたい香り初心者だからわかんない……!」
 T先輩は相変わらずおしとやかな微笑みで答えてくれた。おしとやかな微笑みだったけど、今日一日で彼女も私と同じ「狂人」ということはわかっていたから、その微笑みが少しだけ怖かった。
「お風呂場じゅうが、包まれます。『彼』で」
「概念と、風呂を……!? 上級者すぎる……! あたいが低級すぎるだけ……!?」
「東屋さんは、今日の推しさんは左右どっちなんですか?」
 私はコンマの間隔さえ無しに答える。
「右一択です。アッ……」
「どうされました?」
 私は気づいてしまった。この「概念」の「使い方」に。
「Tさん……あたい、近いうちに白衣をポチると思うんだ……あとは、行きつけの煙草屋で、ジタンを買う……」
「……」
「そんで……白衣にジタンの香りをしっかり染み込ませてから……この『概念』をかけるよ……」
「……いっしょに、狂っていきましょうね」
「あい!」
 退勤時間で混雑し始める車内で、私たちはしっかりと紙袋の持ち手を握りしめた。

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