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ぎん

クリスタルガイザー2本といつものカロリーメイトの入った袋が、ガサガサと言う。コンビニを出ると、青い夜が目になじんだ。

自然公園の脇にあるランニングコースには、ポツポツと街灯が立っている。2つ、3つと通りすぎて、カーブを曲がった先には誰もいなかった。空気はこんなに青くてだるいのに、目の奥が冷える。

足を止めると、ベンチに明かりを落とす街灯がチリチリと鳴っている。このチリチリのところで、虫かごを下げ、何匹も何匹も虫とりをしたことを思い出す。

照らされた地面には、カブトムシのメスさえいない。目の前に立つ木より緑色をしたベンチに私は座ることができなかった。

胸のあたりに黄色い斑点が見えた。首のほうに迫ってくる。夜に溶けた黒い半袖を思い切り揺らした。お気に入りのインフルエンサーを真似て買った薄いタイダイのTシャツを、内側から手を入れて叩いた。引っ張った。襟が見えるまで引っ張ると、どうやらテントウ虫がいなくなったらしい。目から涙が出ていた。心臓が大きく鳴っている。

ベンチから低くて大きな声がする。

「座れ」
私が払ったテントウ虫だった。心臓が大きく鳴ったまま、テントウ虫のとまる背もたれをよけて腰掛けた。

「・・・・・・」
「黙るな、何か言え」
「何を?」
「何でもいい、喋れ」
「体についてなければ大丈夫みたい、虫」
「そうか」
「……」
「ここから話しかければ良かったのか」
「……」
「でもここから話しかけたらお前は返事をしたのか?」
「したよ。私はずっと答えたかったんだよね。」
「そうか」

ここのベンチからは、茂みを隔てて小さなステージが見える。本当よりもずっと奥にあるような、四角でたくさん囲まれて囲まれて、少しボロがある灰色の舞台。そこで誰かが舞っていた。

足が勝手にリズムを刻む。
四角が銀色に見える。

「この曲を知っているのか」
「うん」
「俺は知らない」
「私たちの曲なんだ」
「お前も踊るのか?」
「うん」
「俺は踊らない」
「うん」
「お前、頑張れよ」
「うん、バトルに出る。頑張る」
「俺は頑張らない」

私が立ち上がると、テントウ虫は青い夜の空を、ひゅーんと落ちかけそのまま飛んでいった。

#小説

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