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【雑記】夜間ランニング

キーボードを打つ指が止まった。まただ。思考が袋小路に迷い込んだ感覚。壁の向こうに思い描くものがあることは分かっているのに、目の前の高い壁に阻まれている。これがスランプというやつなのだろうか。書いては消し、書いては消し、遡って細かいところをちまちまと直す。数週間、ずっとこの調子だ。

声にならない音が喉から絞り出され、ここ最近全く言葉を発していないことに気づいた。いや、仕事のやり取りがあるが、必要最低限のやり取り以外の私語をした記憶がない。他人と断絶している。

気分転換に走ろう。フィットネストレーニングならわざわざ寒い屋外に出なくても済むが、今までの経験でランニング中にいいアイデアが浮かんでくることはままあった。今回もそれを期待しよう。上下を黒ジャージに着替え、蛍光ピンクのランニングシューズを履く。玄関で簡単なストレッチを済まし扉を開くと、冷たい空気と共に夜の闇が私を迎え入れた。

走り出す。始めは慣らし程度に、徐々にペースを上げていく。長距離走の基本は無理のないペースで走り続けることだ。田んぼに囲まれた細道を抜け、昼夜問わず運送トラックがひっきりなしに往来する片側2車線の国道沿いに出る。歩道橋を登り、降る。道沿いに走り続ける。縁石を挟んでトラックが猛スピードで走り去っていく。

ただひたすら会社と家を往復する日々。会話が死に絶えたフロア。定形じみた打ち合わせ。積み上げられた書類。そんなうんざりしたものを振り切るように走る。走る。ペースを上げる。トラックを追い抜かす。運転手の中年がの欠伸の途中で硬直している表情が視界の隅に映った。

その前を走っていたプリウスでは壮年のサラリーマンが愕然とした顔を浮かべていた。横並びになり横目を向けると、プリウスは対向車線ギリギリまで距離を取るように離れた。それだけ離れていても、ナビに表示される楽曲名、エアコンの温度、サラリーマンのネクタイの柄さえも見て取れる。メーターは80kmを指している。法定速度違反だ。追い抜かす。

段々と愉快な気持ちになり、はっ、と息を吐いたつもりが鋭い掛け声が口から飛び出した。「イヤーッ!」爆発的な瞬発力が脚に宿り、次の瞬間、三台前のワゴン車のルーフに音もなく飛び乗る自分を見出した。続けざまに腹の底から生み出される力強いシャウトを吐き出しながら車のルーフからルーフへ、街灯から街灯へと飛び渡る。

それから不意に、顔を隠したい衝動に駆られ、ジャージの中に着ていたTシャツを脱ぎ、覆面のように顔を覆った。襟の部分から目を出し、袖を縛った。ニンジャだった。私は確信した。理由は全くもって不明だが、自分は伝説の半神的存在、ニンジャになったのだと!

蛍光ピンクのランニングシューズがネオンサインのように、夜の闇へと残像を残す。私は……ニンジャネーム「ネオンローカス」は夜の国道を亜高速の速さでスプリントする。この世界の王になれるのではないかという全能感に満ち溢れながら。


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(終わりです)

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