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#文舵練習問題その7 追加問題

*事件の部外者の視点で

 イソップの狐とつるの寓話をご存じだろうか。昔本当に、ツルにディナーに招待された狐が殺される事件があった。物語のきっかけはこんなところだ。ある日空腹のツルが狐に夕食に招待された。しかし狐の出したスープはツルの嘴では決して啜れなかった。ツルはお返しに狐を家に招き、愛用の長いポットでスープをふるまい、悔しい思いをさせたというわけ。
 あの話は少し正確ではなくて、ふたりは愛し合っていた。二匹はお互いの食事スタイルの違いを乗り越え一緒に暮らそうとしていた。狐は皿で、ツルは細長いポットに嘴を突っ込んで、同じ食卓を囲もうじゃないかというわけ。だけどツルは狐のスープをすする音に耐え切れなくなってしまった。テーブルの上に飛び散ったスープを片付けるたびにツルはみじめな気持ちになった。だからある夜、ツルは狐のスープに毒を盛ったんだ。何も知らない狐は食事の後、眠気を感じてすぐに床に入った。ツルは狐の隣に寝転びながら、狐が息を引き取るのをじっと眺めていた。
 あくる朝にはもう、ツルは飛び立ってしまっていた。今頃どこを旅しているのか。

*事件の当事者の視点で

 殺してくれと君は言った。目に涙を浮かべて、よだれをだらだら垂らしながら、前足で必死に鼻先を押さえて、殺してくれ。と言った。ぼくはどこかでこういう日が来ることを予感していた。ぼくは鳥で、君は狐だ。餌と捕食者の関係だった。それでも、一度は愛を誓った。同じスープを飲んで暮らそうと、誓って、ぼくは狐の巣穴に住むことになった。
 狐はぼくの美しい羽が何より好きだという。死ぬまで眺めていたいと言う。ぼくは狐の、ビー玉のような青い目が好きだった。燃えるような赤い毛皮と、スリムな胴。狐は世界一美しい狐だった。ぼくにとってはね。

 その年は例年より雪が深くて、狐は連日借りに失敗していた。ぼくに合わせて寒冷地に居を構えたことが失敗だった。はじめはぼくが持ち帰る魚で糊口をしのいでいた狐だったけど、ある日怪我をして帰ったぼくを見るなり、口から大量のよだれを垂らして泣き始めた。ぼくの肉が食いたくて仕方がないのだという。このままだとくるってしまいそうだ。お願いだ、殺してくれ。君は泣いていた。ぼくは嫌だと言った。少し離れて暮らそう。落ち着いたらまた戻るよ。君はうんと言わなかった。ぼくと離れるくらいなら死んだほうがマシだという。しばらく押し問答が続いて、とうとうぼくは折れた。
 最後にふたりでスープを飲んだ。今思うと、あのときぼくも毒を飲んで一緒に死ぬべきだった。だけどできなかったんだ。怖かったから。それに、狐を一人で死なせたくなかった。
 最後の夜、ぼくらは同じベッドで横になっていた。狐は泣きながらぼくの傷口を舐めた。ほんとうなら今にでも羽をむしってかじりつきたいはずだ。食われてやればよかった。だけど狐はそれを嫌がった。ぼくたちは一緒に眠って、ぼくが目を覚ました時、狐は冷たくなっていた。

ぼくは家を離れて、遠く遠くへ飛び立った。狐のいない地で、ぼくは今でも狐のことを考えている。

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