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期限付き移籍終了のお知らせ

昨年の11月末頃だったでしょうか。
「会社やめるの?」と本社在籍の同期からチャットが入り、何故かと聞くと『蝦夷のところに新卒社員を』という言葉をうっかり耳にしたと。
なので、なんとなく次のそのときには動くんだろうなと感づいていました。

会社勤めをしている人ならきっと分かってくれると思うけど、人事なんてパズルのようなもので、上司曰く結論を出すまでには紆余曲折あったそう。結果的には新入社員とのそれではなく、トレードのような形で4月1日から東京本社に戻ることとなりました。戻るといっても、元々いた部署ではなくお隣りへ。新居での担当はまだ完全には決まっていないそうですが、おそらく特定の地域とお客さんを相手にすることになりそうです。

こちらで仲良くして貰っている(と思っている)方々にはバイウィーク前のノスタルジープラザで直接お伝えしました。
皆さんには前から、まあいつか戻るしここは仮住まいだから、と伝えてはいたけれど、実際にそれを目前にするとめちゃくちゃさみしいです。結構、いやほんと、遠くなるのいやだなぁって思います。え、そんな感じしなかった?きっと酔いが足りなかったんじゃないですかね。

2021のデータを引っ張りだすのは面倒なのでここからノスタルジーします 2022.10.08

今回のnoteの題材というか、構成はどうしようかと考えて、各段落はわりと簡単に思い浮かんでくるのですが、それをどうまとめていこうかが全く思い描けずに2週間くらい経過してしまいました。なので、とりあえず手を動かしていくことにします。


2021年10月に縁もゆかりもない九州は福岡に越してきた前後、まあ自分はどこへ行っても大丈夫でしょう、上手くやれるでしょうという、謎の自信を持っていたし、周りにもそう思われていました。
博多や天神の街を歩くとき、そこから1年くらいはふわふわした感覚でいました。長らく、自分がここに居住しているという実感がないままでした。逆に、違和感はそれくらいと思っていたし、労働時間だけを考えると短くなっていたし、話す人が会社以外に居なくても問題なかったはずでした。
ただ、身体は正直なのか何なのか、越して3か月前後くらいだったかな、白髪がみるみるうちに増えていったことに気が付きました。
面識がないことよりも、元々あった人たちの姿をインターネットを介して見ることが苦痛でした。私もそこにいたはずなのに、どうしていないんだろうと、そう思ってしまう自分も嫌でした。

私は比較的趣味のことを職場にオープンにする方なので(忘れもしない22年5月、平日に2連休を取り広島に交流戦を見に行った日にうっかり元お偉いさんと鉢合わせてしまい、翌日全国各地にその情報が拡散されましたが、当時の上司ひとりだけには行き先を伝えていたため、事無きを(?)得ました。当のご本人からはおまえが来たから負けたんじゃと言われました。)示達を受けた際、「プライベートは充実してたんでしょ?転勤は悪いことじゃない、良い機会だって東京の若手たちに伝えてほしい」と上司たちから言われました。
私の場合はここから先に書き記す通り、とても良い機会でした。
けれど、すべての人がそうなる訳ではないし、趣味や何らかの動力がないと見知らぬ地方都市に馴染むことは簡単ではないとも感じた2年半でした。転勤は人を選びます。他人の人生に掛かるようなことに対しての無責任なことは、そんなことを私は主張できないです。

博多祇園の交差点 2022.07.15


ここに来ていなかったら、出会うことがなかったんだろうなと思う人たちがたくさん、ここにはいます。

思い出すと最初は、あのカメラzoom会がきっかけだったでしょうか。間髪入れずに会場で顔を合わせることになり、そこから数珠繋ぎのような形でどんどん広がっていきました。
福岡の方たちも熊本の方たちも、本当にみんな優しくて、でもそれぞれに思うところはあって、いろんな思いを抱えながら好きを好きで居続けているんだなぁと、心にワンクッションを置いてみると、そう思います。

この3シーズン、気が付けば現地開幕節には熊本に毎回行っていました 2022.10.02
明るすぎて驚愕もはや屋外の元祖照葉 2022.11.29

最初に戸惑ったのは、様々な意味での距離感でした。他所者の私には近すぎて、どうしたらいいか分からなかったです。疫病過ですらそう思ったのですから、そうでなかったらどう感じていたか、とも思います。
土地柄なのか、そもそも論としてSNSが発達した結果か、はたまた個々に依るものなのかどうかは結論を出すのが容易ではないでしょう。
向こう側に、自分のSNSが把握されている、投稿に反応があった、ファンの大半はそれを嬉しいと感じると思います。私も、嬉しいです。嬉しかったけれど、いつの日からかすべて監視されているような気分になることがひとつ、ふたつ、みっつ、と生じていきました。当時の私は、それがいやでした。
今でこそ開き直っているというか、逆にあの時にすべて放り投げなくて良かったと思うくらいだけれど、そこに行きつくまでに少し時間を要しました。行きついてからは有難さでしかなく、さみしさが増す要因のひとつでもあります。

ひとつ、最近懐かしくて嬉しかった話をします。
バイウィーク前のノスタルジー公演、(照明がマジでしんどくて)(鍛えられた場所でもあったけれど)もう二度と来ねえよ!!!と思っていたプラザでの試合、昨シーズンぶりに飲食売り場のお兄さんに会えました。久しぶりですね!って向こうから。嬉しかったです。
そのお兄さんから、昨シーズンいつの頃からか「今日はビールでいいですか?(ニヤ」と言われるようになっていました。綺麗なアリーナに移って、飲食ブースも徐々に充実するようになってきて。ただ、そういった人たちと2週間に2度会って少しだけお話するのも楽しい時間だったので、言葉ではその場で言わなかったけれど、嬉しくて懐かしかったです。
そちら側を支える人たちに向かって、最初はグイグイ行くことを私はしませんでした。ただ、それもどこかのタイミングで「ありがとうございます」の前置詞として”いつも”が付いたのはいつ頃だったでしょうか。覚えていないけど、それも同じように心の中では嬉しく思っていました。

数珠繋ぎ、と冒頭に書きました。それに加えて、よくきっかけとなったのは席がたまたま隣になることでした。なんとなくお互い認識していて、という場合もあれば、全くそうではないのに何かのふとしたきっかけでということも。九州在住の方たちだけではなかった場合もありました。もしかしたら私も、人たらしなのかもしれない。けど、とっつきづらい人かもしれない。そうだと思ってたと、最近言われました。
アウェイに行き来するから、というのは特にB2では良くある話と学びました。あったかくて、本当に楽しかったです。西はだいたい制覇できたので、行けていない場所が近くなります。ここ数年行けていないところも同様に行きやすくなるなぁ。楽しみだけど、やっぱりさみしいです。

いくら実家から(比較的)近いとはいえ平日に深谷行ったの面白いですね 2023.01.27


このたった2年半で見た試合数としてはだいたい130くらいでしょうか。勝敗に関わらず記憶に残っている試合やコート内外のこと、書けないことも含めてこれだけ過ごしていればそれなりにあります。ひとつ、ふと思い出したのは、昨シーズンの愛媛県武道館。金土開催ということもあり、特に金曜はアウェイグッズを纏ったファンは確認しうる限りごく僅かでした。4月上旬にさっそく年休を消化するのは忍びないとも思いましたが、日曜は転勤してくる後輩ちゃんの面倒(買い出し)見ますから休みくださいとお願いしました。飲み会の場で。 こういう類のものは我々オタクにとってとても、大切です。
その日の試合後、私の視界には、我々客席側に向かって手を振る数名の選手と、それを挟んで背中に向かって手を振るファンの姿がありました。選手たちは全くもって気が付いていないように見えたので、失礼ながらにもウチのファン居るよ、と手指をさしたところ快く振り返ってくれました。向こう側は、目元が下がったように見えました。自己満足であったことは事実ですが、それを見てほっこりした気持ちになりました。今それを出来る自信はないし、そもそもそんなことをしないでしょう。母数が増えることは非常に喜ばしいことでもありますが、人目を気にするようにもなってしまいます。彼らにとってもそれが本業ではありません。正直言って、それを求めに行っているような人たちも増えてきたように思えてモヤモヤする瞬間も増えました。ただ、大々的にすることはなくとも、気持ちだけは持ち続けていてほしいなといちファンはこっそりと思っておくことにします。

ちょうど1年前の今頃 四国は何度か行きました うどん美味しいです 2023.02.26

客観的に見ても特にこの2シーズン、全通はしていなくとも特定のチームのファンとしてはかなり現地に足を運んでいた方でした。数本の指には入ってしまうんじゃないですかね。
ホームはともかく、私がアウェイにお金と時間をかけて足を運ぶ理由はチームの応援をすることが全てではありません。相手に見たい選手が居たり、チアちゃんたちを見て撮りたかったり、いわゆる観光はせずともその地の銭湯を探すことが好きだったり。真ん中が一番強いような気がするのはだいたいみんなともだち。
私は(普段の声はでかいくせに)あまり大声で声援を送りながら試合を見るタイプではありません。いいプレーにひゅーひゅーしたり、ぐっでぃーー!と言ったりするのはほぼ顔見知りの方が近くにいるときです。ひとりで見ているときは、良いときも悪いときも大概、下を向いて笑っています。
アウェイ勝利を収めた試合後、バスケットライブではよくエンドに座っているファンの姿を抜いていることがよくあります。勘弁してほしいなぁと思いつつも、何度かそれに映り込む自分の表情は大概笑顔で、このひと、このチーム好きなんですねと数日後に我に返った自分が、自分に気付いていることがよくありました。

嗚呼 バンビーナス チアはノーサイド 2023.02.18


自分の中での当たり前と、他人にとっての当たり前は異なる場合の方が多いはずです。自分の中で大事にしているものを守った上で、もっと客観的な視点を持った方が楽じゃないかと思うことをよく目にします。寛容とは少し違うと思っています。相容れないものはそれでいいけど、攻撃までする必要はあるんですかね、と思います。
そんな中でとても楽に話せる人がここに居たのは有難かったです。思っていること、とっても近かったのは何故だったのでしょうね。生まれも育ちも、違うはずなのに、面白いなぁとふと振り返って思います。チアとマスコットはいつだって愛でます。かわE越してかわFやんけ。
あ、都内のホテルは高すぎるので、狭くはなるけども是非我が家へ泊まりに来てくださいね。週末の行き先が異なったってお構いなしです。定期的な来客がないと、私の部屋も心も荒れ果ててしまうので。

ビジユニのズーちゃんは貴重なんですよ!!! 2023.06.17


これは前にも書き記した言葉ですが、私がここにいる間に、B1へ昇格するチームが出てほしいという願いは、好きになったチームで叶うことになりました。今のところお世辞にも全国的に見ればファン数が多いチームではないと思います。元々は価格設定が必ず高くなるチームしか見ていなかったので、競争が劇的ではないこともアウェイへ頻繁に行く要因のひとつでもありました。そして、それによって良い場所を恵んで頂いたことも沢山ありました。離れたから、近くなったから、理由はそれぞれです。来シーズンこそは、私の第2?第3?のおうちを経験してもらいたいおともだちが、向こうに戻ればたくさんいます。カーディング担当さんよ、何卒よろしくお頼み申し上げたい所存ですので、いやほんと、何卒。
逆に、私が戻るから、居るからと、いま日頃接してくださっている方たちと向こうで会える日も楽しみにしています。行き方とか、ホテルはどこに取ったら良いかとか、ほんの些細なことでもなんでもいいです。お子さんが受験するから、バスケ以外の何かを見に行くから、理由はなんでもよくて、頼ってくれるのであれば、それに応える義理、それは自分の中でずっと大事にしていきたいです。

大事な思い出の日 2023.05.21


ということで、今週末はB1バイウィーク明けの遠征です。2泊3日の2日間で4現場(内1か所は会場に足を運びご飯を食べに行くことがメインのつもりでいますが)という訳の分からないハシゴ旅の予定をたてました。

そう、この日以来の冬(ではないはずだが天気予報は圧倒的に冬そのもので震えています)の北海道。

今週残りの平日は、家の鍵をどこかに置き忘れたり落としたりすることがないよう、より一層気を引き締めて生活をしていく所存です。
以上、友人Aでした。

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