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理想叶える為犠牲になってくれ


もう誰も愛さない。もう誰も許さない──

そう宣っておきながら、蓋を開けてみればどうだろうか。
私は許し過ぎたのかもしれない。

他者を信じればこそ、他者に信じられる。
では薊詩乃はどうだろうか。

2023年12月15日の朝は、雨が上がった後特有のあの青みがかった灰色の匂いと、薄仄暗い光が町全体に侵食していて、早く起きるには似つかわしくなかった。
薊詩乃は、その依代としての身体を揺り起こし、今までの日と同じように、マスクをして家を出た。その醜い貌を隠す為。自らの存在を隠す為。

この朝は、何の為に存在するのだろう。
何が報われてほしいのだろう。
誰に赦されたいのだろう。
あの悪意の物語は、誰の為に在るのだろう。

出会いがあれば別れもある。
生まれたものは必ず死ぬ。
物語とは、果たしてそれと同じなのだろうか。

始まってしまった物語。
幕が上がる物語。
それが誰の為であろうとも、誰かを呪おうとも、今日この日から“始める”ために、全てはあったに過ぎない。

何にも変え難い後悔と、もう言えなくなった言葉を引き換えにして、私は進む。

雲隠れしていたものが、水溜りを乱反射させていく。そのプリズムは今ここにしかない。偶然を必然と言い張ることは誰にでも可能だが、偶然性を止めることは誰一人としてできない。

物語が始まる。始まれば闇が来る。
薊詩乃が生まれ、そして死にゆくであろう物語。
薊詩乃に光はない。光はなくとも闇がある。
もう何処にも戻れない。

理想叶える為犠牲になってくれ
最低な幕開け
この始まりを照らしてくれ

マスクチルドレン/amazarashi



2023年12月15日 薊詩乃


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