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【私小説】かおる君に会いたい

あの小さな冒険から10日くらい経過しただろうか。
発作が落ち着き、やっと歩くことが許された。とは言っても大きな発作を起こした後は体力は大幅に落ちてしまうため最初は普通に歩けない。
少し歩いただけで息が上がってしまう。少し歩いては休み、また少し歩いて向かったのはもちろんかおる君の部屋だ。

でも、いつも開いている部屋の扉がこの時は閉まっていた。
「なぜ?」そう思ったけど部屋の扉をノックすることは出来なかった。
もしかしたら、かおる君のママに「遊んじゃダメ」って言われるかもしれない。しばらく陰に隠れて扉が開くのを待ってみたがやはり、その扉が開くことはなかった。

その日の昼食の後、薬の時間にも歩いて行けるようになった私は「今度は絶対会える!」と思って嬉しい気持ちを抑えきれず、歩くのがまだ許されてなかった時、かおる君が大好きな飛行機のおもちゃで遊んでいる絵を描いた。それを手に持ち、ナースステーションに向かった。

でも、、、薬の時間にもかおる君は来なかった。
私は一人で相変わらず「オエッ」えづいて吐きそうなりながら必死に薬を飲んだ。
何度も何度もえづいて涙が出た。いつも私を励ましてくれたかおる君がいれば、きっと一度で飲めたのに。。。
えづいて涙が出るのか、かおる君が居なくて涙が出るのかもうわけがわからなかった。
するとそれを見ていたのか、看護婦さんが近づいてに来て私の目線まで膝を落とし私の両手を握って話し始めた。

かおる君ね、今ちょっと具合が悪くてね、お薬の時間に来れないの
「ずっと来れないの?」
元気になれたらまたお薬の時間に会えるかな?
「かおる君の病気治るよね?元気になるよね?」
そうだね、、、、。
絵を描いたの?上手に書けたね!じゃぁ特別に看護婦さんがかおる君に渡してあげる

本当は自分で渡してかおる君の喜んだ顔を見たかったけどグッと我慢した。

どうして?

看護婦さんに絵を渡してから2.3日経ったが、相変わらず薬の時間にかおる君が現れることはなかった。
看護婦さんに聞いても「まだもう少しかかるかな?」「かおる君頑張ってるから」「我慢しようね」そんな事しか言ってくれなかった。
時々、かおる君の部屋が見える所まで行ってみるけれど扉は閉まったまま。

さらに数日が経ち、私は会いたい気持ちが溢れ出して「なんで?」「どうして?」と言って感情的になり母や看護婦さんを困らせた。
ご飯を食べなかったり、物に当たったりとにかく八つ当たりしては母に叱られ叩かれた。

そんな日がさらに続いたある日、いつものようにかおる君の部屋が見える所まで行くと、なんと扉が少しだけ開いていた。
「かおる君!!」部屋の前まで走った。そして少しだけ開いた扉をそっと覗いてみる。

まず、かおる君のママが見えた。でも扉をもう少し開けないとかおる君の白いベットが見えない。
扉に手をかけそっと開けようとした時、かおる君のママが私に気が付いた。

会いに来てくれたの?ありがとうね
でもね今、かおるはこのお部屋に居ないの
「どうして?どうしてかおる君が居ないのにママだけここに居るの?」
今ね、荷物を取りに来たから
「かおる君はどこにいるの?」
病気を治す機械がたくさんあるお部屋にいるの
「どうして?どうして機械のお部屋にいるの?病気が良くならないから?」
ーーーーーーーーーーーー。ごめんね、またね

そう言ってかおる君のママは扉を閉めた。

からっぽ

かおる君のママと会ってから、私はかおる君の部屋に行かなくなった。
だって会いたいかおる君はそこには居ないから。

どれくらいの日にちが経ったか思い出せないが、私は喘息の経過が良くなった事で退院が決まった。
病院から出られることは嬉しいけれど、でもかおる君に会えないことが心残りだった。
「もう一度お部屋に行ってみよう!」
かおる君には会えなくてもかおる君のママに手紙を渡してもらおう。
私はつたない文字で手紙をかいた。
何を書いたかはっきりと覚えていないけど

「薬飲むときに頑張れって言ってくれてありがとう」
「一緒にテレビを見て楽しかったね」
「今度元気になったらまた遊ぼうね」
「頑張って病気治してね」

みたいなことだったと思う。最後に

「かおる君またね、ばいばい」と書いたと思う。

そして、手紙を持ってかおる君の部屋に向かうと、なんと扉が全部開いていた!
「おかえり!かおる君!」と慌てて走って飛び込んだその部屋には、かおる君が寝ていた白いベットが真ん中にただポツンと置かれているだけだった。
よく見ると部屋の前の名前のプレートも外されていた。

からっぽ

かおる君の部屋はからっぽになっていた。あの白いベット以外、何一つ残っていなかった。

壁に飾られていた私が描いたかおる君の絵も全部取り外されてた。

「きっと急に退院しちゃったんだ。。」子供ながらにそう自分に言い聞かせた。

渡せなかった手紙を手に持ったまま私はは部屋に戻った。母は同じ部屋の子やお母さんたちに挨拶をしていた。
すると私が苦手だった同じ部屋の小学校高学年位のお姉さんが私のそばに近づき耳元でこういった。

かおる君死んじゃったんだって、あんた知らないでしょ」
「あんたたちが外来に行った時病気もらっちゃったんだって!」
「あんたのせいだよ!テレビが見たいなんていうから!」
「あんたのせいでうちのママにめちゃめちゃ怒られたんだから!!


私は無意識だった思うがそのお姉さんを沸き上がる怒りを込めてグーで叩いた記憶がある。
そのお姉さんがもともと嫌いだったし、きっと嘘を言ってるんだ!
そう思いながら叩いた、、いや殴ったに近いかもしれない。
お姉さんは泣いてしまった。

私は怒りで涙も出なかった。

その場に母が来てまた思いっきり叩かれた
そして母はその子とお母さんに平謝りをした。
私の頭を無理やり抑えて頭を下げさせた。
ごめんなさいって言いなさい!!!
「嫌だ!絶対に謝らない!」
「かおる君が死んだなんてなんていう方が悪いんでしょ!!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーー。

長い沈黙の後

帰るよ
皆さんお世話になりました」そう言って母と私は

病院を後にした。

どうやって帰ったか覚えていないが、病院を遠くから振り返って見た時、急に悲しみが込み上げてきた。

母は何も言わずに珍しく私の手を強く握っていた。

家に着いたら話すから」そう言って私を方を見ることもなくただ前を見つめていた。


その時の母の気持ちを今の自分ならば理解ができる。


でもまだ幼かったその頃の私に、母は何を考えて何を話そうとしているのか、なぜ普段握ることのない私の手を強く握っていたのか。

その理由はのちに知ることになる。

続く


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