見出し画像

憧れのミートボール

子どもというのは、大抵ミートボールがすきだ。

うちのムスメも、「お弁当のおかず何がいい?」と聞くと、2回に1回は「ミートボール!!」と返ってくる。
ポイントは、ここで言うミートボールとは、『イシイのミートボール』だということだ。

わたしは、このイシイのミートボールに並々ならぬ思い入れがある。
初めてその存在を知ったのは、幼稚園のときだ。
わたしが通っていた幼稚園は、毎日お弁当持参だった。
お昼になったらみんなで並んで、それぞれのお弁当を食べた。
ある日、ふと目に入ったお友達のお弁当の中に、それはあった。
幼稚園児用のお弁当箱に対して実に収まりのいいサイズ感、ちょっととろみのついた、照りのあるタレが絡まったミートボールは、実においしそうに見えた。

家に帰って、わたしは母に「ミートボール食べたい!お弁当にミートボール入れて!!」と頼んだ。
母は二つ返事で「いいよー!」と言ってくれた。
その夜わたしは、次の日お弁当に入っているであろうミートボールにわくわくしながら眠りについた。

そして翌日、幼稚園のお弁当の時間になった。
わたしは早る気持ちを抑えながら、お弁当箱の蓋を開けた。しかし、そこにいたのは望んでいたあのミートボールではなく、ハンバーグを小さくしたような、母手作りのミートボールだったのだ。
それが、ブロッコリーと共に爪楊枝に刺してあった。
今でもはっきり覚えている。

「ミートボールといえばミートボールだけど、、違う!!これじゃない!!!」

楽しみにしていただけに、このショックは大きかった。もちろん、母には1ミリの非もない。わたしの母は基本的にできあいのお惣菜や冷凍食品を使わない人だったので、おそらくそもそもイシイのミートボールの存在を知らなかったと思う。
わたしもわたしで、「ミートボールと言えば、お友達のお弁当にあったあのミートボールが出て来る」と思っていたので、特に細かく説明しなかった。わたしがミートボールを希望したから、母はわざわざ自分で作ってくれたのだ。むしろ感謝せねばならない。

子どもながらに、それは理解していた。だから帰ってから母に、「お母さんが作ったのじゃなくて、売ってるミートボールがよかった。」とは言わなかった。いや、言えなかった、というのが正しいかもしれない。

それから、わたしのお弁当のおかずには母のミートボールがレギュラー入りした。小学校の遠足も、中高のお弁当にも。毎回、「これじゃないんだよなぁ」と思いつつ、母にそれを打ち明けることはなかった。

大学生になってお弁当生活が終わると、母のミートボールを食べる機会はなくなった。それと共に、イシイのミートボールのことも忘れていた。
それから時は流れて母になり、日常的にスーパーで買い物をするようになって、お肉売り場で再会を果たしたのだ。憧れの、あのミートボールと。

子どもが食べるかもしれないから、というのは半分言い訳で、うきうきしてカゴに入れた。そうして初めて食べたイシイのミートボールは、思ったより薄味で、練り物に近いぎゅっとした感じで、正直すばらしくおいしいとは思わなかった。
憧れ過ぎて、世界一おいしいもののように美化してしまったのか、子どもの頃には知らなかったおいしいものをいろいろ食べてしまったからなのか、「ああ、こんなものだったのか」という気持ちになった。
それ以来、自分で食べたことはない。

しかし、冒頭にも書いたようにうちのムスメはイシイのミートボールがだいすきだ。白いご飯とミートボール、茹でたパスタにミートボール、大歓迎してくれる。子どもの頃に憧れたイシイのミートボールは、母になった今も、わたしの強い味方だ。

#子育て #姉妹ママ #イシイのミートボール  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?