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「小児の言語聴覚士」と出会ったその先に【2】“地獄の2ヶ月”を経てわかった「中等度難聴」タイプの違う療育を受けて成長した彼は……

次に紹介するのは、困り事の原因が長くわからなかったお子さんの事例だ。その母・ばっさんは、たまたま受診した小児科医の言葉をきっかけに、「地獄の2ヶ月」を経てやっと、その答えである「中等度難聴」にたどり着く。その過程や言語聴覚士から受けた支援について、赤裸々に語ってもらった。

得も知れぬ違和感を抱えていたある日「遠くの太鼓の音が聞こえていなかった」と言われる

首都圏在住のばっさんは、小学二年生の葵くん(仮名)を育てる一児の母だ。違和感を感じ始めたのはお子さんが1歳8ヶ月になる頃だった。

「子どもが歩き慣れて、私の元を離れて行動するようになってから『他のお子さんのようにすばやく反応してくれないな』と感じることが増えました。『これほしい?』と聞いても言葉で返ってこなかったり、どうしてほしいのか聞いても『ぎゃーっ』と癇癪を起こされて、それを抑えるすべがわからずに困ったりする感じでした。

でも、生活面では困っていませんでしたし、何事も見よう見まねでできて手先も器用。目線も合うし、中耳炎もありませんでした。

そしてもうひとつ気になったのは、以前は「おかあさん」と言っていた息子が、その後に言わなくなるなどの「言語消失」が起きていたことです。なぜだろうと思って小児科などで診てもらいましたが、どこへ行っても『心配ないですよ』『きっと今だけだから大丈夫ですよ』と言われてしまい、その原因にたどり着くことができなかったんです」

不可解な話である。これまで特に困ることはなく、1歳半健診でも異常はなかった。発達障害を疑うようなしぐさも見られないが、得も知れぬ違和感を抱えていた。

しかし葵くんが2歳5ヶ月になったある日、この問題が解決に近づき始める。

「あるとき、習い事の先生に『遠くから太鼓の音を鳴らしていたのに、全然気づかなかった』と言われて、さすがにおかしいのではないかと思いました。もう一度小児科を受診しようと思ったんですが、よく行く小児科の予約が取れなくて。それでたまたま別の小児科に行ったんです。

そうしたらその病院の小児科医から『新生児スクリーニング検査では拾いきれないレベルの難聴もある』という話を聞き、とても驚きました。難聴には『聞こえない』ではなく『聞こえにくい』というケースも含まれるんだそうです」

新生児スクリーニング検査とは、生まれて間もない子どもが受ける聴力検査のことで、先天性の難聴はここで発見できるといわれている。しかし難聴には実にさまざまなケースがあり、月齢を重ねてから難聴の症状が出てくることもあれば、片耳だけに聴力の低下が見られることもある。さらに難聴には程度があり、「難聴=聞こえない」のではなく「よく聞こえない」「聞き取りにくい」などのケースもあるのだ。

しかしこうした事実はあまり知られておらず、困りごとの背景に実は難聴が潜んでいた、というケースは少なからず見られる。

家庭療育中のひとコマ。近い場所の音なら聞き取れてしまう

不安を抱えたまま予約が取れない日々を過ごした“地獄の2ヶ月”

息子はもしかしたら“聞こえにくい”難聴かもしれない。その示唆が事実なのかを確認するべく、小児科で総合病院に対する紹介状を書いてもらい、聴力検査の予約を取った。

「検査を受けるまでの2週間と、検査結果が出るまでの1週間は、気が気ではありませんでした。そして検査の結果、息子の聴力は50-60デシベル。難聴だと思うが、念のため小児難聴外来がある病院にかかったほうがよいと、医療センターの紹介状をもらいました」

しかしここでもばっさんは、大きな壁にぶち当たることになる。

「医療センターで予約をとろうとしたら『赤ちゃんが優先なので半年待ち』と言われてしまったんです。でもこちらも困っているので、半年も待っていられないじゃないですか。そこで紹介状の宛先を無記名にしてもらい、小児難聴外来のある病院に片っ端から電話しました。

どの病院も早くて2、3ヶ月後の予約しか取れなかったのですが、たった1ヶ所だけ『紹介状があるならすぐに診ます』と言ってくれたので、すぐに行って聴覚の精密検査を受けました。その後、CTやMRI、精密検査の再検査も受けることになりましたね。

そうして結局『難聴かもしれない』と言われてから約2ヶ月後、『非進行性の中等度難聴』だと診断されました。本当に長かったです。あれはもう“地獄の2ヶ月”でしたね」

大きな病院の予約が取れないという声はよく耳にするが、「難聴かもしれない」という不安を抱えながらの2ヶ月は、正確な時間よりも長く感じただろう。

このとき葵くんは2歳6ヶ月。中等度難聴だと判明したとき、その結果をどう受け止めたのだろうか。

「結果がわかるまで非常に不安でしたし、やはり難聴なのかと困惑する気持ちもありましたが、原因がわかったのでとても安心しました。難聴だったことよりも、問題の原因が不明だったことのほうがつらかったんです。でもその原因がわかれば対策を講じられますから。

それに、1歳で言語消失が起きていたり、2歳で何か言いたいことがあるのに、うまく言えなくて癇癪を起こしたりしていたのも難聴に起因していたんだと分かり、気持ちがすっきりしました」

家庭療育中のひとコマ。おままごとを通じて語彙を増やしていく

言語聴覚士から難聴専門の支援を受け、めきめきと成長

その後、難聴専門の療育施設を病院から紹介してもらい、補聴しながら療育を開始することになった。ここにはさまざまな専門家が在籍していて、そこに言語聴覚士がいた。しかし当初はその認識がなかったという。

「言語聴覚士と接しているとわかったのは、通い出してから7ヶ月後です。たまたまそこで療育を受けているときに『そういえば言語聴覚士っていう資格があるみたいですね〜』などと話したら、『私が言語聴覚士ですよ』って教えてくれて(笑)。言語聴覚士が難聴をみるイメージがなかったので、全然気づきませんでした」

言語聴覚士がカバーする範囲は意外と広く、少数ではあるが補聴や難聴専門の人もいる。病院からこの療育施設につなげてもらったからこそ、難聴専門の言語聴覚士に出会えたのだろう。

その後コロナ禍に入り、突然この療育施設での療育が受けられなくなってしまう。そこで、並行して通っていたもうひとつの難聴専門の療育施設にも確認したところ、オンラインレッスンに切り替えて療育を続けてくれることになったので、そちらに支援をお願いしました。

療育を始めてから、お子さんはどのように成長していったのだろうか。

「補聴器をつけて2ヶ月で単語が200個ほど出るようになり、3ヶ月半で2語文を話し始めました。まだまだ年齢相応ではありませんでしたが、補聴し始めてからは著しく成長したと思います。

息子が3歳になる頃、次年度から通う幼稚園の申し込みが始まりました。その入園試験の面接では、名前、年齢、好きな遊び、好きな食べ物などが言えなくてはなりません。しかし息子は、質問は理解していても、まだ自分のフルネームや年齢を言えない状態でした。

そこから猛特訓した結果、11月1日の入園試験当日には、好きな遊びや食べ物などをかろうじて言えるくらいには仕上がりました。その後は入園に向けて、身辺自律しながら遊びに関するやりとりもできるよう、療育で支援を受けながら自宅でも成長を促すような関わりをしていきました」

葵くんの2歳半からの追い上げはすさまじいものだった。難聴という原因がわかり、それに適切に対処しながらやるべき療育をこなしていった結果、彼は私立小学校の受験にも合格した。

タイプの違う療育。その両方とも必要だったのかもしれない

現在葵くんは小学校の通常級で元気に過ごしている。私立では支援級や支援教室などがないこともあり、今でも以前から通っているふたつの療育施設で支援を受けている。

難聴という原因が判明してからは、どんどん言語を獲得して能力を伸ばしていったが、もっと早く支援につながる道はあったんだろうか。ばっさんは少し考えてからこう話した。

「息子は小さい頃から癇癪を起こす子だったので、私は『発達障害ではないか?』と考えていました。でも切り替えが早いし、よく泣くけれどきちんと話せばすぐに落ち着くので、他の誰からも発達障害だろうとは疑われませんでした。だから難聴の発覚が遅れたし、さまざまな支援にもつながりにくかったのかなと思います」

能力が決して低くはないからこそ支援の狭間に落ちてしまう。もどかしさを感じずにはいられない。それに、とばっさんは話を続ける。

「中等度難聴が判明した頃に、ろう学校の2歳児クラスに入れるのかを確認してみたんですが、息子は障がい者手帳がとれないくらいの聴力だったので、手帳がない子は受け入れできないと言われました。

また、難聴専門ではない児童発達支援施設も7ヶ所ほど問い合わせたところ、すでに満席だったり、居住制限に引っかかってしまったりしてどこにも入れず、そのうえ『その聴力でしたら皆さんご家庭で見られているので…』なんて言われる始末でした。さらに並行して、幼稚園の2歳児クラスに入れないか確認したところ、22ヶ所に断られ……。入園試験を受けた幼稚園に落ちていたら、あやうく“幼稚園浪人”するところでした」

そう苦笑するばっさんの苦労は、相当なものだっただろう。そんな彼女に、言語聴覚士の支援を受けた感想を聞いてみた。

「言語聴覚士の支援を受けてよかったと思います。ふたつの療育施設では、言語力を高めるためのアプローチがまったく違いました。最初から通っていた療育施設では、2歳が終わるまでに身につけたい単語のリストが渡され、自宅で親が子どもに対して理解できるように働きかけ、療育中には該当の単語を発語できるのかをチェックされていました。

もう一方の療育施設では、子どもが言葉でやりとりしたくなるような会話のキャッチボールをして、自分から単語や文章を言えるように促すようなやり方です。宿題は特にありませんでした。息子にはどちらの療育も必要で、それがうまく噛み合わさったから成長できたんだと思っています。

ただし、言語聴覚士なら誰でもよいわけではないと思います。地域の療育施設にも少し通ったことがあるんですが、そこにいた言語聴覚士は難聴専門ではなく、療育の内容に疑問を感じて4ヶ月で辞めました」

支援の谷間に落ち続ける人こそ、専門家につながってほしい

言語聴覚士の支援は必要。しかしお子さんの困り事に適切に対応できているかが非常に大事、ということだろう。最後に、今まさに子どもの特性や障害などに悩んでいる親御さんに向けてメッセージをもらった。

「困り事への対策は必ずあると思うので、ぜひ専門家につながってほしいです。なかには療育に通わない方もいると思います。うちの息子もある程度は聞こえてしまうので、そのまま放置してしまう気持ちもわかるんです。

でも療育には通ったほうがよいと思います。遊んでいるようにしか見えなくても、そこでのやりとりには、お子さんに必要なことが含まれているからです。そして疑問を感じたら、療育の先生に徹底的に質問してみてください。きっと今後のヒントが詰まっているはずです」

原因のわからない困り事に悩まされた日々が終わり、障害に起因する悩みはかなり減ったそうだ。その代わりに今は「普通の子育ての悩み」が押し寄せている。一度困難を乗り越えた彼女なら、これからもその悩みに対応し、乗り越えていくのだろう。

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