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『Overnight』 第3話 “Melting into the crowd, I look for your answer”

第3話
Melting into the crowd, I look for your answer

今年の秋は暑いな、なんて思っていたら、11月半ばを過ぎて唐突に寒くなり、早めの冬がやってきた。

昼に、母からLINEが来た。
「今年の正月は有くんと帰ってくるの?」
私はまだ、有くんと別れたことを両親に伝えていない。別れてから3年以上経っているのに、だ。
有くんがとっくに会社を辞めていることも、私が派遣社員として働いていることも、世間体を気にする両親はきっと受け入れないだろう。

「ごめん、お互い忙しくて、正月に帰る時間がないや」
「そう、仕方ないわね」
たったこれだけのメッセージだけでも疲れる。私はサッとスマホを閉じた。そして、
「ごめん、ちょっと返信してた」
と、寒そうにカップスープをすすっている篠田ちゃんに向き直る。

今日も篠田ちゃんは完璧なメイクにヘアセット、そしてきめ細やかな肌。
「石井ちゃん、ねぇねぇ、今日の夜空いてない?」
「え、どうしたの?」
「今日ね、私主催の合コンなんだけど、一人来られなくなっちゃったの!お願い、人助けだと思って来てくれない⁉」
また合コンのお誘いか......。でもその日はなんだか悪い気がせず、つい、
「わかった。髪も適当だし、こんなカジュアルな服だけど大丈夫?」
とOKしてしまった。まぁいいか、今日はバイトも休みだし、明日は祝日だし。
「やったー、ありがとう!お代はたぶん男性が持ってくれると思うから、石井ちゃんは楽しく飲んでくれたら大丈夫」
素直に喜ぶ彼女を見ていると、なんだか癒された。

**

そうして夜が来て、私たちは渋谷ヒカリエ近くのダイニングバーに集合した。
3対3の合コン。相手はWeb制作会社のディレクターとエンジニアだ。
渋谷はWeb系の会社が多く、彼らもこの土地に根付く某大手企業の社員だった。女性陣のテンションが自然と上がる。

「じゃ、私たちも自己紹介しますね!私は篠田あかり。神泉にあるベンチャーで事務をやってます。その同僚がこちらの石井ちゃんです」
と、篠田ちゃんが合コン慣れしていない私に気を遣って、自己紹介をパスしてくれる。
私は雰囲気を崩さないよう、同じようなトーンで、
「石井ゆうかです。篠田ちゃんの同僚で、営業事務や総務をやってます。篠田ちゃんとのランチが日々の癒しです」
などと話した。
篠田ちゃんの短大の同期だという女性も自己紹介したところで、カプレーゼとチーズの盛り合わせが来たので、談笑タイムに入った。
そこからは男性陣が話を振ったり、盛り上げたりしてくれる。男性は35歳、37歳、40歳と年齢はバラバラだけれど、会社の同僚らしい共通した雰囲気をまとっていた。

ふと、40歳の水野さんがこちらをチラチラ見ていることに気づいた。
「私の顔になんかついてます...…?」
「いや。でも俺、石井さんとどこかで会った気がするんだよね。思い出せないんだけど...…」
すごく嫌な予感がする。私はすかさず、
「道ですれ違ったんですかね?渋谷って広いようで狭いですもんね」
と返答して、その話を断ち切った。

そのあとは、篠田ちゃんが皆に「好きなタイプ」「行きたい旅行先」など、合コンで鉄板の話題を振ってくれたので、そのまま楽しく飲んで話していた。
私はしばらく旅行していないので、「箱根の温泉でゆっくりしたいな」なんて当たり障りのない答えを返したり、白ワインにこっそり酔い防止の氷を入れて飲んだり。

「ちょっと失礼します」
といってお手洗いに立ち、個室でスマホを開くと、2件のLINEが入っていた。
1件は大輝からの「今日何時に帰ってくる?」
もう1件は、水野さんからだった。
「やっぱりゆうかちゃんだよね。このあと空いてる?」

あぁ、気づかれたか…...。
そう、私は銀座のお店で彼と話したことがある。グループ客の一人だったし、そんなに話さなかったので気づかないかと思った。LINEを交換したことすら忘れていた。

これは口止め料が発生するパターンだよな。私は心を無にして、
「ばれちゃいましたか。皆には秘密でお願いします。2件目、ご一緒します」
と返答し、何食わぬ顔で席に戻った。

そしてお開きのあと、
「2次会のカラオケ行く人〜?」
「はーい♡」
と女性陣が手を挙げる中で、私は、
「ごめん、明日は朝から予定があって。ここで帰ります〜」としれっと抜け出し、水野さんも、
「俺も帰るから、あとは若者たちで楽しくやってね。石井さん、駅まで送るよ」
と言って、すぐに追いついてきた。

Melting into the crowd, I look for your answer
(人混みに溶け込み、君の答えを探している)
Hearing cozy noise
(心地よいノイズを聞きながら)

少し歩いて皆からは見えなくなったところで、
「2件目、バーはどう?」
と誘われた。私はてっきり即ホテルだと思っていたので、
「え、飲むんですか?」
と思わず聞き返してしまった。そうしたら水野さんは苦笑しながら、
「俺はすぐに取って食うほど若くはないよ。ただ、普通にゆうかちゃんと話したいなぁと思って」
と言った。その困ったような言い方に大人の余裕を感じた。
「だったら、ぜひバーで」
そうして、駅の反対側にある、こじんまりとしたバーに連れて行ってもらった。

「ゆうかちゃんはまたハイボール?」
「私のドリンク、よく覚えてますね。嬉しい。でもバーに来たならカクテルが飲みたいかな。何がおすすめですか?」
そんな会話をしながら、グラスを合わせて乾杯する。横から彼を見ると、スッと通った鼻筋が目に入った。

「水野さんは結婚されてましたっけ?」
不倫でも浮気でもなんでもいいんだけど、とりあえず確認しておく。
「俺はバツイチだよ。仕事のしすぎで家庭を顧みなくてね。子どもはもうすぐ10歳になるかな。養育費を細々と送って、たまに子どもに会わせてもらってる」
バツイチなのは意外だったけれど、きちんと対応しているのは好感が持てた。

「ゆうかちゃんは昼も夜も働いて、大変じゃない?」
「そうですね、両方楽しいので続けているんですけど、土日は死んだように寝ちゃいます」
昼と夜、どちらの顔で話せばいいのかわからなくなる。
「でも、あんなお店に私みたいな30代がいるの、びっくりしませんでした?」
「たしかにびっくりはしたけど、だからこそ印象に残ったよ。若い女の子たちへの気配りとか、まるで会社のマネージャーかと思った」
「あはは、たしかに会社でいうとお局ポジションですもんね」
残念ながら、私はどちらの世界でも若くはない。驚くほどの根無草だけれど。
「そんなことないよ」
「またまたー」
はぐらかすのには慣れている。たわいもない会話で切り抜けようとしたら、ふいに水野さんが手を重ねてきた。

「素敵だったよ、本当に。なんでそんなに自分のことを下げて言うの?」
そして目をじっと見られたから、思わず固まってしまった。
「……」
「...…あ、ごめん。つい」
そう言って水野さんは手をどけた。上品なしぐさだった。そして、
「ごめんね、楽しく飲もうか。次は何にする?」
「あ、じゃあ、グラスホッパーで」
「珍しいものを知っているね。マスター、お願いできる?」
そのまま、当たり障りのない会話をして、終電でお開きになった。

そのまま帰宅したら、大輝はもう自室で寝ていた。少し空いているドアからは、スースーと健康的ないびきが聞こえる。

今日はいつもと違う疲れ方をしたな。でも、悪くはなかった。
水野さんは私と話して楽しかったんだろうか。不思議な人。

そう思いながら、沈むように眠りについた。


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