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お金は天使?それとも悪魔?

信託銀行員時代、お金を「貸す」「預かる」という、正反対の営業を経験した。

社会人1〜2年目は「貸す」側である、住宅ローンの営業担当者だった。毎週土日はどこかしらのマンションギャラリーや住宅展示場へ行き、マイホームを購入したい方を対象に、住宅ローンの相談に乗ったり、契約を巻いたりしていた。

新築物件を買うときに住宅ローンを組む人は、実に9割を超える。よほどのお金持ちでない限り、私たち金融機関の住宅ローンは「なくてはならない存在」だと思う。

だからすごくやりがいを感じていた。私ががんばって住宅ローンの審査を通せば、この人たちは家を買える。人生を前進させられる。さすがに個人信用情報(これまでの借入履歴などが記載されているもの)がブラックの人は救いようがないけれど、それ以外の「なんとかなりそう」なケースは、とにかくがんばって審査部に掛け合った。

例えば、奥さんが産休中で収入が低く、旦那さんだけでは収入が足りない場合、奥さんが復帰した後の見込み年収証明書を勤務先から取り寄せてもらったり、すでに借入れがあって返済比率が厳しい人には、借入を事前に返済する条件をつけて審査を通したり。

もう銀行にいないのでよくわからないが、今はスコアリングシステムが普及しているので、たぶんこういう「条件を付保して攻める」ことはあまりできないのではないかと思う。

とにかく激務で体力的にもきつかったけれど、仲の良い先輩たちにも囲まれながら、楽しく仕事をしていた。

一方、社会人3〜4年目で経験した「預かる」側の営業担当は、なかなかきつかった。すでにうちの信託銀行に口座を持っていて、一定以上の資産があるお客様の自宅や勤務先に伺い、そこで資産運用の相談を受ける。というか、ほとんどは「定期預金の満期金を使って、投資信託を買ったり保険を契約したりしませんか?」という提案活動だった。

顧客層は70代の高齢者が中心だ。たまに40〜50代のお客様に当たると「若っ!」と思う。80代でも、所定の確認作業を行えば投資信託を購入できてしまう。下手すれば裁判沙汰になるので、高齢者になればなるほど細心の注意を払う必要がある。でも、それほどのリスクを負っても契約はほしい。だって営業マンだもの。

資産運用って、答えがない。相場がどう動くのか、誰も答えを持ち合わせていない。だから断言できないけれど「たぶんこうなります」という状況証拠的なものを駆使して、お客様を説得する。この行為を、私は「つらい」と感じるタイプだった。

でもなかには「あなたに任せるよ」といってくれる人もいる。銀行のブランドを信頼している人、老後の生活費は確保できているからお金に無頓着な人、私とたまに会話するのが息抜きになっている人。さまざまなお客様がいた。

担当している間に旦那さんを亡くした人や、老人ホームに入るために他県に引っ越していった人もいた。お客様本人が突然亡くなってしまったこともあったけれど、あのときはショックすぎてうまく泣けなかった。「心臓発作だったから苦しむ時間すらなかったみたい」と聞いて、少し安心したのを覚えている。

相続が発生すると、金融機関の担当者は喜ぶ。仕事ができるからだ。その姿を見て、最初は残酷だと思った。でも次第に、なんて現実的な仕事なんだろう、と思うようになった。結局、悲しむべきは遺族で、私たち外野は淡々と事務処理を行って遺族を助けたほうがいい。

そんなこんなで日々いろいろなことがあり、営業成績はよかったような悪かったような。そして4年目の途中で本部に異動になり、個人営業の現場から離れた。

銀行員としてさまざまなお客様を見ながら、いつも「お金って『いいもの』なんだろうか」と考えていた。今もライターとして投資系の記事を書いているので、このテーマについて時折悩む。

住宅ローンのときは、お金を貸して喜ばれた。でもその裏では、無理に大きなローンを組んだために返済しきれなくなり、経済的に崩壊した家庭もあるだろう。この場合、「お金なんて借りなければよかった」と後悔するかもしれない。

資産運用を提案していたときは、だいたい煙たがられた。でも運用して20〜30%ほど利益が出たお客様に「あのとき買っておいてよかったね!」と喜んでもらったこともある。それに、私が異動したあとに円安ドル高になったので、私が外国ものの投資信託を売ったお客様はおそらく全員儲けているはずだ。

だから本当にわからない。「お金はその使い方や使うタイミングによって、『天使』にも『悪魔』にもなる」なーんて、そんなありきたりなことしかいえない。

できることといえば、お金がなるべく「よいもの」になるように、そのときに正しいと思える道筋を示すことと、自分の感情に流されて間違わないように注意すること、くらい。

なるべくお金が悪さをしないように手なずけて、どこかに行かないように気をつけて……って、なんだかペットみたい。これからもお金に手を噛まれないように、なるべく「よいもの」であるように関わっていこうと思う。


Requested by Izumi
「お金に関するエッセイ」



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