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「もったいない」人生とは

自分のことをよく知らない人に世間話程度の身の上話をすると、時たま「もったいない」と言われることがある。

そしてそれは大抵、

幼少期からピアノをやって
大学でクラシック音楽を学んで
中高の音楽の教員免許まで取った

にもかかわらず、教職にもクラシック畑の音楽家にも就かず、全く関係ない業種のカイシャインの傍らでポピュラー音楽をやっている、という状況を指している。

「えー……そこまでがんばったのに、もったいないね」

そう言われていつもどのような返答をしてよいかわからず、気の抜けた愛想笑いを返すだけになってしまうのだった。

母親にも昔、大人になってから違う楽器を始めようかしらという話をしたとき

「何のためにピアノを長年習わせてきたのか。もったいない」

みたいなことを言われたことがある。

何だろう、みんな単線的というか、
「これを長年やってきたのなら、それを使った職に就かねばそれまでの時間が無駄になる」
みたいな考えがあるらしい。

正直言って理解不能である。

様々なことに手をつければすぐにわかることだが、全ての事象は何かしらで繋がっている。何かに対して理解を深めるのに無駄なプロセスはほぼ無いと言っていい。
まあたしかに、明らかに遠回りな道筋もないことはない。それを指して「最短距離でない限り無駄な時間だ」と切り捨てる人もいるだろう。

しかしこの世の中において、最短距離で最良効率で事を進められている人間がどのくらいいるだろうか?

たしかに人生は短い。
時間は有限である。

私の人生も回り道ばかりであるが、無駄だったことはひとつもないと思っている。失敗も成功も寄り道も全て糧である。

そう確信してはいるものの、やはり第三者から「もったいない」と言われてしまうと少し悲しい気持ちになる。自分にとって何ももったいないことはないのに。

まあしかし他人からどう思われたとて、自分の人生、思うように生きるしかないのです。

正当化上等。
今後も強く生きてゆこうと思います。

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