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日々感じる、福祉国家と言うこと

日本でも、ドイツ政府によるアーティストやフリーランサーへの財政支援が手厚いと話題になっていたが、そもそも日本とドイツでは、福祉や雇用を守る制度について、ベースが違うように個人的には感じる。

私はドイツに来てから、ここが福祉国家であると言うことをよく感じるようになった。当然様々な論理、計算に基づいての財政支出だろうが*、平常時から、市民や企業に必要な時ににお金を出す制度が整っているからこそ、今回も機動的に様々な制度を作ることができたのではないかと想像する。

今回はその辺りを自らの経験を踏まえてまとめてみたいと思う。

(*例えば、個人的には特にアーティストの支援は、普段から芸術にはもっと市民がエネルギーをかけていて、公的資金もたくさん入っており、ベルリンフィルが世界トップだったり、それが世界に誇る要素であり競争力であると考えられているのかもしれない)


前回も、コロナ危機に際して、政府からの中小企業、大企業に対する財政支援に対する動きが早く、それもオンラインで簡単に申請することができ、すぐに金銭が振り込まれるということを書いた。

ただ、私の住むNRW州ではアーティストに対する2000ユーロの支援の審査が滞っていて、まだ6300通の申請に対して半分くらいしか支払いがなされていないようだ。さらに、中小企業やフリーランサーへの支援についても、30万件程度審査が済んだところで、申請用サイトの偽物が複数作られ、申請者の情報が盗まれると言う事態が相次いで発覚した。そのために、オンライン申請が10日ほど止まっていたが、4月17日に再開した。なかなか一筋縄では行かず、問題は尽きない。

ただ、この機動性と、毎日のように状況や見通しを州大臣や連邦政府の大臣が会見をして、現状を伝え、各分野の政策について説明する透明性には、ただの一外国人住民である私も、ドイツ語が十分わからないながらも安心感を覚える。

なお、セミロックダウンに関わる措置で休業に追い込まれた零細企業やフリーランサー等への支援プログラムは今回立ち上がったものだが、他にも大企業でも従業員が時短に追い込まれた場合に、その減少分の給与の一部を政府が負担するという制度が有り、それを利用している企業数は少なくない。(私の住むNRW州だけで10万社を超える) それはどうやら今回の危機に際して作られた制度ではなく、元々存在していたらしい。ネオリベラリズムが浸透し、労働者の権利が弱くなった現代において、ドイツではまだ労働者が保護されていて、厳しい労働時間制限などに加えて、雇用を守るための制度が発達しているようだ。


日本においては、ようやく一人10万円の支給が決定されたが、日本政府のコロナ危機による支援が十分機動的でないこと、施策が不十分そうであると言うことについては批判が大きい。二転三転しても、通常時よりかなり早いスピードで日本も動いているように思うが、一国民として心配に思うところもある。


私は東京にも30年暮らし、大学までの教育も日本で受け、様々な公的サービスの恩恵を受けて来たが、あちこちの国に住んでからドイツに移ってきて「政府に守られている」という感覚を強く持つようになった。(日本では福祉の対象者にならなかったものの、ドイツに来てから対象者になったということかもしれないが) それは様々な制度が整っているおかげで、外国人として居住登録をしてからすぐに制度を活用し、公的資金を使ったサービスを受けさせてもらえるようになったからだ。


まず、前から書いているように、私は来てすぐに外国人の統合施策の恩恵を受けられることとなった。(本来は支援対象となっていなかったが、申請をしたら支援を受けられるようになった)

具体的には、連邦政府が費用を半額負担してくれて、7ヶ月にも渡る、ドイツ語日常会話とドイツ社会を学ぶ、インタグレーションコースを、渡独翌月から受講することができた。このコースは、さらに全ての試験に合格すれば、支払った金額の半額が返還される。

月80時間ほどのコースを7ヶ月受けるのに(計560時間)これまで私が支払ったのは、全体の半分でたったの1,365ユーロ(約16万円)。今は事務が止まっているのでいつになるかわからないが、その半額が返還されれば、連邦政府は、私がドイツ語の日常会話を学ぶのに2000ユーロ以上を支払うことになる。

私は一ヶ月当たりたった約1万円程度を80時間の授業に対して支払いながら、ドイツ語を毎日学べた訳だが、よりサポートが必要な失業者や難民の学費については全額を連邦政府が負担していた。なお、その受講者の数は、2015年の難民危機以降一気に増加し、財政負担は一気に増加している。


そして、ここまで習得したドイツ語(日本でいう中学英語レベル)では、ドイツでの就労は難しいので、もう少し上級のドイツ語を身につける必要がある。そのためにドイツ語のコースを探していたのだが、そのコースの費用も、ルールに基づき、連邦政府が全額負担してくれることになった。

この新たな中上級のドイツ語コースは、社会統合というより、失業者の職業訓練の一環のようなコースである。1000ユーロを私に投資することで、私がより収入の得られる職を得ることができれば、その分政府の税収は上がる。そう考えると政府にとっても支援することが合理的なのかもしれない。(なお、この支援を受けるために私は政府の職業局に求職者登録をしたが、基準をクリアしていれば何も問われずに、あっという間に許可が下りた)

私はドイツ政府に対してわずかな税金を納めるのみで、大した貢献をしていない。それでもここまで手厚く扱ってもらえることを感謝するばかりである。そして、外国人であることがほとんど障害にならずに公的なサービスの受給者となることができることが本当にありがたい。

なお、私は4月よりフリーランスとして得ていたわずかな収入源を失い、要件は満たしてそうだったので、ドイツ政府の支援策に応募することもできたのだが、そこに国籍は問われなかった。自宅で低コストにパートタイムで働いていた私にはおそらく手間の方が大きいし、少し私は対象とずれているように思うので、申請をしていない。(シンガポールなどは、コロナ危機に際して金銭的な補助があったものの、対象となるのはシンガポール人だけで、外国人は対象外となるそうだ)


一方で、私がこのような保護が受けられるというのは、多額の税金を納めている人が他方で大勢いるということである。エンジニアとしてドイツで働く夫は、日本で納めるより、当然支払う税金や社会保険の額は日本よりずっと多い。(夫の給与明細を見ていても、25%程度が所得税、10%が年金、10%が健康保険料と介護保険、その他1%程度の失業保険と、まさに給与の半分が毎月天引きされている) 独身者であれば所得税の割合がより高く、累進課税のグリップが効いて、可処分所得の多い世帯からで多く回収し、生計を立てられない世帯には再分配するという仕組みが見事に構築されている。周囲を見渡しても、この再分配の仕組みが目に見える。これだけ社会保障を手厚くしても、ドイツの財政は現在黒字だ。(流石に今年は大量の国債を発行し、さらにEUへの拠出も大きく上がるだろうから、今後数年は赤字になるだろうが)

ドイツに来て思うのは、倫理的な原則を大事にしていることだ。官僚的で全てうまくいくわけではないにせよ、人権を尊重し、できる限りその実現に取り組んでいるように感じられる。

なお、いわゆるドイツの生活保護である、Hertz IVという給付金の受給者は、2019年に総人口の約7.5%に相当おり、外国人の受給者はその3分の1程度を占めるらしい。(ドイツでも難民の流入で外国人受給者が増加)

それに対し、生活保護の支給を抑制して来た日本では生活保護の受給者は全人口の1.6%しかいない。日本でも経済格差が拡大し、餓死する人がいるという現在、生活保護をもらえる権利のある人が十分に支援を得られていないと言われる。 日本のこの生活保護受給者の割合は先進国の中では極端に低いようだが、その数字の違いを見るだけで、社会的弱者に対する保護の度合いの違いを感じさせられる。


なお、今回のコロナ危機で、ドイツのCOVID19の死亡者率の低さが注目され、ドイツの医療システムの良さが話題になっているが、他の先進国が医療財源を止むを得ず削って来たところ、ドイツではその財源抑制を必要以上には行わなかった。

実際、前述の通り、健康保険料は日本よりずっと高い。私たち夫婦は、私の収入が少ないにも関わらず、合わせて毎月900ユーロ程度(11万円近く)を支払っている。保険料も収入が少なかければ少なくなり、再分配の仕組みが非常にわかりやすくできている。2人とも収入が多ければ、月に1500ユーロくらい払うことになるのかもしれない。社会保険が誕生した国というだけあって、出来るだけ保険料で医療システムを回そうとしているようだ。難民や失業者は、この保険料も政府が負担しているのだと思う。

なお、これだけ高い保険料を払っているからか、特に歯科などで色々と例外はあるものの、病院に行っても支払いはなく、処方箋をもらった薬に一度に5ユーロ程度を支払うのみだ。 

なお、私世代が必要とし、非常に大きな金銭的負担となる、高度な医療行為である不妊治療。これも検査等は全額負担、基本的には年齢・回数制限があるが保険で半額が賄われる。そして、残りの半額を政府が、回数制限を設けて負担してくれる仕組みになっている。 フランスなどに比べるとおそらく十分ではなく、他の欧州の国が回数制限を設けてほぼ無料としていることから、ドイツでは被保険者の負担が大きい。それでも、難民や失業者である元クラスメイトなどが不妊治療に挑んでいるという話を聞く。日本では高額で、かなりの収入があっても躊躇しがちな体外受精も、ドイツでは失業者が権利として受けられるものになっているであるということには驚くばかりだ。

ドイツの極右政党AfDは、難民の受け入れ、外国人へ社会保障費を費やすことを否定し、攻撃的に外国人を扱う。実際、ドイツでも様々な給付の不正受給が課題になっているということはあるようだ。
ただ言えるのは、これだけ外国人に社会保障費を支払っても、トータルな目で見ると、人口の減少する先進国では、外国人労働力を受け入れて経済を活性化し、税金や社会保障費を回収する方が、経済にも政府の財政にも良いのだと読んだ。

外国人でも国民と変わらない制度下で扱い、手厚く合理的にサポートしてくれるドイツという国家は、だからこそ非常時にも住民や経済を、機動的に合理的に支えようとできるのではないだろうか。

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