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愛され大志の生き残り大作戦

 何者かになれる人生とはどういうことだろうか。不意に考え込むことがある。
 会社で出世をすること、安心できる家庭をもつこと、不労所得で生活できるほどの大金を得ること。
 価値観は人それぞれであり、そしてその価値観が様々であることを、現代では多様性とも呼ぶ。違うことが当たり前の世界が、少しずつ身の回りにも浸透してきている。

 一方で、勝負ごとを仕事として生きるプロ野球選手にとっては、そうはいかない。
 チームが勝つという共通の価値を出すために、個人成績という結果を出し続けなければならない。結果が出なければ、否応なしに契約が打ち切られる世界だ。所属球団との契約がなくなって他球団へ移籍する選手や、独立リーグでプレーを続けながら再びNPBの世界を目指す選手。社会人野球などのアマチュア野球界に転身する選手、そして引退を決断する選手。
 幼い頃から野球を続けてきたうちのほんの一握りの選手だけが、ごく限られた期間に、ファンの前で仕事として野球をする機会を得られる場。それが、今のプロ野球だ。

廣岡大志という選手

 オリックスバファローズ所属、26歳内野手。プロ野球生活8年目。
 バファローズの地元大阪出身で、実家は昭和町駅から徒歩数分の商店街にある精肉店だ。古くからある店構えで、精肉を販売するコーナーと、コロッケやポテトサラダなどの惣菜を売るコーナーとに分かれている。名物の一つでもあるコロッケは注文後に揚げられ、その場で食べることも可能だ。

手前がメンチカツ、奥がバクダン(ゆで卵入りコロッケ)

 2020年8月、初めて店舗を訪れた際には、地元住民のみならず、ヤクルトファンと思しき客も多く見かけた。店舗正面の壁にはヤクルトスワローズのユニフォームやタオルの他にも、関西圏屈指の強豪高のひとつ・智辯学園高校時代の写真や、ファンから贈られたと思われる写真が多く飾られていた。
 高校卒業後にプロ野球界入りを志望した彼は、2015年ドラフト2位で東京ヤクルトスワローズに入団。与えられた背番号は36。
 背番号36を背負うことの意味。ヤクルト黄金期選手の一人でもある池山・現二軍監督の背番号を与えられたことは、彼への大きな期待の現れでもあった。当時同じショートを守っていた今浪選手が「引退に追い込まれた」とファン感で評するほどのバッティングセンスは、ハマの番長・三浦大輔投手から一軍初打席でホームランという鮮烈なデビューで飾られた。
 だが結果を出し続けることがどれだけ難しいことか。結果が、努力だけでついてくるとは限らない。

誰かに期待されるということ

 2021年キャンプ明けすぐの3月に巨人・田口麗斗投手とのトレードが、そして2023年5月にオリックス・鈴木康平投手とのトレードが発表された。2度のトレードの対象になるということは、相手球団から嘱望されている選手ということであり、それは起用方法にも現れてくる。
 オリックス・中嶋監督が交流戦を含む66試合終了時点で組んだスタメンパターンは66通り。つまり毎日違う役割が、それぞれの選手に与えられている。
 彼が移籍した5/18以降、交流戦終了時点の試合数は27、移籍後ベンチ入りした試合数が24。うち、スタメンでの出場は13試合、途中出場を含めると21試合、合計49打席。
 さらにスタメン守備位置と打順を深掘っていくと、次のような内訳になる。

<ポジション別>
サード:6試合
セカンド:2試合
ライト:1試合
センター:4試合
<打順別>
1番:7試合
7番:1試合
8番:2試合
9番:2試合

 87%の試合でなんらかの機会が与えられたこと、つまり開幕当初からいる他の選手と同様に期待をされているということがわかる。そしてそれは、日々持ち運ぶグローブの種類が増えることにもつながる。ファーストミットに至っては、巨人・阿部コーチから餞別の品として譲り受けたであろうもので、”阿部慎之介”の刺繍が縫い込まれているグローブを数年ぶりにテレビ中継越しに見守ることになった。

プロ野球における何者かになれるということ

 記録に残る選手になること、記憶に残る選手になること。
 選手として生きていける時間は、NPB平均で約7年。日本人男性平均寿命が84歳を超える現代において、たった10%以下の時間でしかない。その平均10%の時間に、どれだけ選手としてのアピールが出来るのか。
 すでに8年目という時限爆弾を抱えた彼を応援するために、先月京セラドームで試合を観戦した。
 観戦仲間への差し入れを兼ねて、約3年ぶりに実家の精肉店を訪れた。そこにはオリックスファンだけではなく、対戦相手のベイスターズファン、そして古巣ヤクルトファンもコロッケを求めて列を作っていた。
 チームが変わってもなお彼を応援するヤクルトファンが、京セラドームに行くには遠回りになる駅を経由してまで訪れる店舗。自分だけが彼への、何かを残してほしいと願う愛情を捨てきれていないわけではない。そう分かっただけで、鼻の奥が少しツンとした。

いつでも思い出してもらえる選手であるために

 かつてヤクルトのタオルが飾られていた壁は、巨人時代のカラフルなタオルとオリックスのロゴタオルに入れ替わっていた。

どっちも美味しいよ

 側面の壁は、オリックスのユニフォームでバッターボックスに立つ写真やグローブを構える写真。中にはスマホで取ったような荒い画像を引き伸ばした写真まで、所狭しと飾られている。
 廣岡大志に、その爪痕を残してほしい。何者かになって欲しい。その期待と愛情が、そこかしこに溢れている。

 出来上がりの番号が呼ばれる。
 品物を受け取った後、3年前彼のヤクルトのユニフォームが飾られていた正面の壁に、最後に目を向けた。

 「お世話になります。」

長くお世話になれますように

 壁に飾られていたのは、中嶋監督のユニフォームだった。

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ここまでが文春野球フレッシュオールスター2023に応募した際のものです。
タイトル以外がまっっっったく決まらなくて、応募するのをやめる・やめない・やめる・やめない…と花占いのように無駄な時間を過ごした後に、どりゃーという勢いだけで書きました。構成も深掘りも全然足りていないのがよくわかります(笑)。

来年はがんばろー!おー!(毎年言ってる)

#ヤクルトスワローズ #Enlightened #swallows