見出し画像

息を吸って吐く

いつもだったらウキウキする物事に何もときめかない、自分の心が意識を手放している。沈んだ水底に背をくっつけ、口から泡が出終わるのを淡々と待つ様な。こんな連休の迎え方は初めてだった。

8月から9月にかけて、仕事がとても忙しかった。自分の担当業務が繁忙期を迎えたタイミングで、インボイス制度に関わる準備やその他の依頼事項、こんなに一度に降りかかるか?苛立ちの消化も間に合わない目まぐるしさで夏が通り過ぎていく。気づけばストレスで呼吸がし難くなる癖が再発してしまい、自分が幹事を務めた職場の飲み会で話題に上がった「職場の今後」を聞いて、仕事に対するモチベーションは粉々になった。
からっからの状態で日々を彷徨っていたら、年に1度のお楽しみである1週間連休目前となっていた。

ひとり旅が好きなので、毎年連休の2、3カ月前から行先候補地を調べ、その時1番気になる街を選び交通経路や宿の確保を早めに済ませていた。それが今年は何もせず連休目前、折角の時間を無駄にしてしまう…!と危機感を覚えた私は図書館へ足を運び、旅行雑誌を沢山めくった。
が、これは本当に自分か?北から南まで何冊読んでも、どこにも興味が湧かない。
空っぽになるとここまでどうでもよくなってしまう自分に悲しくなって、図書館を後にした。

帰宅後に徘徊していたタイムラインで目にした『宝塚歌劇展』、場所は神戸だった。遠いな……でも見たいな…こんな直近で新幹線なんてあるわけないよな…とダメ元で交通経路を探してみると、残り僅かで席も宿のセットも残っていた。
ここに行くことしか目的が見つからないけれど、とりあえず遠くへ行こう、とにかく離れよう。と予約を取ったのは、出発2日前の事だった。

新幹線といえど各駅停車のこだまなので、道中の時間は長めだ。ここを読書タイムに充てようと意気込んで、当日は家から積読の本を連れてきた。
乗車時間であっさり読破に成功し、少し気持ちが和らいだ。自分のペースでいろんな言葉に触れながらのんびり過ごすことが出来た。好きに思いを馳せられた。そんなことが嬉しくて、久しぶりに水底から浮上出来た気分だった。

関西圏にひとりで旅行に来たのは初めてだったので、少しそわそわしながら在来線に乗り換えた。いつものひとり旅ならアップテンポな明るい邦ロックやアイドルの曲を耳にぐんぐん進んでいくのだが、今回は柔らかい曲たちをお供に、のんびり足を進めた。夏休みの開幕に欠かせないわっちのアルバムと、傷んだ心身に優しい吉井さんのベストアルバムがぴったりだった。


泊まるホテルに荷物を預けることに成功し、早速お昼をどこで食べようか、きょろきょろしながら街を歩いた。初めて降り立つ神戸の街は、いや、新幹線を降りた時から、視界に流れ込んでくる景色のスピードが速い気がした。人々の歩く速度、会話のテンポ、そのどれもが弛むことなくスッと流れていく。東京、その近郊が水玉で個々が強いのなら、東北はマーブル、関西はストライプ。そんな印象を受けた。そんなストライプの空気感の中でのんびり歩くわ、エスカレーターでかなりの頻度左側に来てしまうわ、旅行中に訪れた街の皆さま、日々のリズムをちょっと崩してしまいごめんなさい。

お昼は串カツカレーを食べた。甘辛く濃いルーに揚げたての串が美味しかった。

左から玉ねぎ、エビ、ちくわ。

腹ごしらえも済み、早速お目当ての展示会を観に阪急へ向かった。館内案内図の「山側」「海側」表記が新鮮だった。会場のフロアに行くまでエスカレーターを何回か乗ったが、無意識に左に居ようとしてしまう。現地の方は観光地だからこそ、そんな光景は日常茶飯時なのだろうか?

当日券を買い、いざ見始めるとそこらかしこに豪華な大きいお写真、歴代ポスター、そしてお衣装の数々が展示されていて、夢中で眺めた。
娘役さんのお衣装の腰の細さ、シャンテで見た時も毎度言ってしまうのだが、ほっっっっそい。そして細部が超、超美しい。観劇時には見逃してしまうようなディティールを、間近でゆっくり見ることができた贅沢な時間だった。衣装制作について何も知識は無いのだが、360度じーっと上から下まで眺めたくなる美しさだった。年代別、組別で衣装図鑑を出してほしい。

キキさん〜〜眩しい〜〜
ゆりかさんの着用お衣装ッヒッ(現地原文ママ)
好き×好きをやりがちです


存分に堪能し、時計を見るとまだ夕方にもなっていない。ネットで観光地を調べてみると、どうやらこの街は山と海の距離が近い。夜景が綺麗と聞くし、半日で山と海、どっちも行けるかな?まあ片方行ければいいか。と軽い気持ちでまずは六甲山へ向かうことにした。ケーブルカーで上まで登ったら、そこから更にバスに乗り植物園とガーデンテラスに立ち寄った。日没前だが天気が良く、十分綺麗だった。
そういえば、六甲おろしの六甲はここの地名から?と呑気に写真を撮っていたら数時間後、阪神が18年ぶりにアレしていた。なんてタイミングだ。

ハチ多くて終始ビビってました…
夜にはこの街並がダイヤと呼ばれるんだなぁ。
下山後バス待ち時間で知る、国立公園だったことを。

山を降りる頃には日没も近づいていた。折角だから、海も行ってみようかと電車を調べ、モザイク方面と呼ばれる地域へ向かった。海の目の前に大きなショッピングモールがあったので、本屋さんに立ち寄り帰りの新幹線で読みたい文庫本を買い込んだ。重たくなったリュックを背負い直し、海沿いへ歩いた。


夏なのに、冬の気分になる豪華な光
警察3人組の後についてってみたら、海沿いに着けた。
知らない街の夜景、落ち着く。


何もかもがどうでもいい、と思い過ごしていた先日までの投げやりな日々で擦りきれていた自分の中身が、この1日でいつの間にか『気になる、行きたい』の矢印を自分で捕まえられるようになっていた。
物理的に環境変えること、影響大きいな。

海沿いに来て、水面に反射するビルの光をぼんやり眺めながら最近の自分に思いを馳せて、誰が何と言おうとよく頑張ってるよ、と褒めた。消耗している事に気づいた時には、ポケモンで言うとHP真っ赤の状態。瀕死間際、げんきのかけらじゃ全然回復出来ない。
自分がしたいことを選択できなくなる前に、心がからっからになる前に、自分を撫でてあげるのは自分の使命なんだ、と気付けたことがこの旅での何よりも収穫だ。言葉で聞いたことがあることを、完全に理解できるのは体験があるからで、それまでは答え合わせをしていない答案と同じ様に思えた。

自分の中身が解けた状態で迎えた翌日は、異人館→BEKOBE見学とお友達とのご飯の2本立て。異人館という存在を、この一人旅の前々日くらいに知った。建築物の知識がある訳ではない。幼いころから間取りを眺めたり建築番組が好きだったのと、昔の暮らしや文化に興味があるので、ただそれだけのささやかな好奇心で足を運んだ。想像以上に勾配のきつい坂を汗ばみながら懸命に歩き、3棟見学できた。

風見鶏。昔の朝ドラにも出てたらしい?


生まれ育った土地を離れて、言語も文化も違う町で働きながら暮らすなんて勇気と制御不能間近の好奇心の強さが両方揃っていないと私には壁が高すぎる。

小説の様なエピソードのある貴重な建物だった。

日本一の言葉にひかれて食べたソフトクリーム、美味しかった。

異人館からBEKOBEのモニュメントを見に行くためにバスで海側へ。

LUPUNもコンサートもチケット当たりますように!
高円寺で出会ったお姉さんから頂いた、フィンランドでの幸運のモチーフ、白いトナカイのぬいぐるみ。

あまりにも天気よくて真夏の様だった。汗ばみながら再度バスへ乗り込み、待ち合わせのカフェに向かった。

数年ぶりに会う友達がおすすめしてくれた美味しいカフェで、一緒にご飯を食べた。好きなバンドをきっかけにTwitterで繋がって、いつの間にかライブ会場で会ったり一緒にご飯を食べたり。不思議な縁がもう6年ほど続いている。画面の向こうに温度があることを忘れちゃいけない。

幸せの味だった。


友達にお見送りしてもらい、無事に帰りの新幹線にも乗れたのだが、1時間強ほど運転見合わせが発生。3冊買った文庫本は2冊読破した。東京駅が近づくに連れてビルの灯りが沢山見えて、思わずApple Musicでシティポップのプレイリストを聴きながら眺めた。



元々の暮らしの環境から強制的にぶちっと自分を離せるひとり旅に、自分へ向けて何か祈る思いが、出発前の自分の心の奥底にあったのかはもう思い出せない。でも、あんなにくたくただったのに新幹線諸々チケットを取って旅に出発した自分、とてもえらい。そのお陰で疲れていたことに気づけたし向き合えた。綺麗な景色を見られた。ゆっくり本も読めた。

来年は飛行機で行くくらい離れた街に、のんびり行けたらいいな。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?