弔辞

会いに行くねといえども行かず
愛別離苦に捕われて
それでも一目一言だけと
神に願うも叶わんや

過去の私に届かぬ祈り
あの日あの時長崎で
一口香を人混み弾き
蹴られようとも押されとも
ただ一つだけ何処のでもいい
逢いに行くため口実に
必ず買ってお願い買って
煙草も珈琲も要らぬから

幼い私を抱きしめながら
眠りを誘うその右手
動かなくても握った時に
握り返してくれていた
ろくでもなし子の私にだって
同じに笑いかけてくれた

優しいその目女王の白髪
細くて強い左手に
私以上に会えない中で
逢瀬を願った人がいて

私はいつも近くにいたのに
会いに行かずにそのままで
寂しい思いをさせてごめんね
寂しい顔をさせてごめんね
どんなに駄目な私であっても
会いに行けばよかったの

どんな私も許してくれて
愛してくれるあの人に
返しきれない恩がある
私の母のその母に

乳白色のベールを越えた時の流れぬその場所で
ぴしゃり地を差すハイヒール
毛皮のコートとワンピース
翡翠の指輪の光る手で
さながら一国手中に入れた
貴族生まれの女主人
缶のピースと炭火で焼いた
珈琲混じりの香りの中に
麻雀牌の踊る音
海苔で巻いた塩おにぎりと
筑前煮そして卵焼き
それでもって優しい胸で
私を迎えてくれるだろう

私の手持ちの時が果てても
それなら何も怖くはないよ
そんなことをいっては駄目と
叱られるから言わぬだけ

一口香は後悔の味
中の空洞埋めるまで
貴方に話すおもいで話
温めてから向かうから

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