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Little Diamond 第11話

第11話 日常のカタストロフィ

11‐1 ユウト視点

今日は午後からみんなで武器屋に来ていた。

ジュリちゃんが注文した防具ができ上がったから受け取りに行く、って。

武器屋にあまり縁のないエミリは、好奇心から「私も行ってみたーい!」ってなって。

オレは特に用はなかったけど、1人で留守番もなんか寂しいから。

せっかくだからジュリちゃんに良さそうな魔法装備を考えてみようかなぁ……ってついてきたわけだった。

そう広くない武器屋の店内には、ありとあらゆる装備品が所狭しと山積みになっている。

町の武器屋

雑然として見栄えは良くないものの、なにか掘り出し物を発見できそう……という雰囲気だった。

武器屋だからもちろん、剣とか杖とかプロテクターなんかが多いけど、魔法アクセサリーもそこそこ置いてあるみたいだ。

魔法の使えない一般人向けの商品よりも、魔法使い向けに補助的な効果を付与する、専門的なものが多い。

「へぇ……こんなのもあるんだ~!可愛い」
……とエミリが手に取ったのは、ふわふわのフェイクファーのウサギ耳。

こういう「ノイズ抑制」や「ロスカット」などのアクセサリーは、MPが体内を循環する時に経由して効果を発揮する。

物によってピンキリだが、効果の高い優れた物はすごく頭がスッキリするから侮れない。

あ、これはどうかな……?
正面にディスプレイされた商品に目が行く。

物理防御力も期待できそうな金属製のブレスレット。
小さいけど魔法石があしらわれていて、効果はありそうだ。

んー……女子にはちょっとゴツイかなぁ……。

これは……発動した魔法の効果を倍増する「ブースター」系か。

こりゃ完全に魔法使い向けだな……。
なにげなく値札を見てみる。

「ぅわ、高ッ!」
フリーターのオレに手が届く値段ではなかった……。

魔法石を使ってると、やっぱ格段に高価だ。


「ねーユウト見て見てー。こっちの方が似合うかなー?」
エミリは可愛いものを見つけては試着するのに忙しい。

女子ってのはウィンドウショッピングが好きだよな……。
まぁ楽しそうにしているのを見るのは、オレも楽しいけど。

でも魔法装備はただ身につければいいってわけじゃない。
組み合わせ、コーディネートが大事なんだよね。

うまく組み合わせれば相乗効果を期待できるんだけど……。

たとえば今、エミリが楽しそうに試着している髪飾りとチョーカー。

似たようなデザインだからセットでつけたくなる気持ちは分かるけど、これらは全然NGだ。
属性の相性がよろしくない。

お互いに干渉したり中和する効果のものは一緒にはつけちゃダメ。
効果が消えるだけでなく、通常の生体波動にまでマイナスの影響を及ぼすことがある。

過去にやらかした経験者だから言える。

以前はオレも、何も考えずにただただ強化したい効果のものを節操なくつけていたんだ。

でもある時。
魔法を使おうとすると視界が揺れて強烈な吐き気に襲われるっていう、酷い症状が出たことがあった。

初めは不良品かと思ったんだけど、色々試してみて、組み合わせが原因ってことを突き止めた。

MPの流れる回路がこんがらがって、力が停滞しちゃうせいなんだよな。魔法を発動するために圧をかければかけるほど、具合が悪くなる。

このメカニズムを理解するのに、数週間はかかった。うむ。

「ごめーん、もう少しかかるみたいー!」
店の奥から、ジュリちゃんの声だ。

彼女は今、でき上がってきた防具を試着しながら微調整をしてもらっている。

「はいはーい。大丈夫だよー!」
待っているのは全然、オレにとっては苦じゃない。

ああいうプロテクター系の防具はフィット感が大事なんだそうだ。
よく分からんけど。

だいたいオレは、窮屈な服は苦手だ。
だらっとしたのがいい。

-----------------―

エミリもさんざん試着して少し疲れたみたいだ。
そういえば店の外にベンチがあったな……。

外の空気を吸いたくなって、エミリと一緒に外に出た。

すでに陽は山の向こうにすっかり落ちようとしている。夕焼け空が美しい。
最期の光が直接目に入り、思わず片目をつぶる。

空に残った赤さは辺りを薄暗く照らす。
そろそろ街灯が灯り始めるころ。

道行く人はまばらになり、鳥たちも急いで森へと帰っていく。

ベンチに座って「ふぁ~~ぁ」とあくびをしながら伸びをする。
腹が減ってきたな。

ふいに、何かの影が覆いかぶさった。
「……?」

振り向くとすぐ横には、夕陽を背にした人影。
ベンチに座ったオレたちを見下ろしている。

いつの間に……?
全然気づかなかった。

街の中だというのにフードをかぶった、2人の男。
大柄な奴と、もう1人は猫背の小柄。

「おい、兄ちゃんよ……」

……ん?
オレに話しかけてる?

「ユウト……!」
とっさにエミリが緊張した様子で身を寄せた。

すでに彼らとの距離は、本能的に危険を感じるほど近かった。

怪しい男たち

逆光で表情は見えない。

立ち上がり、エミリを後ろにかばう。
……嫌な予感しかしない。

「な……なんか用か?」
言葉を発した瞬間。

ドスッ。

一瞬のことだった。

前触れもなく、脇腹に衝撃。
直後、鋭い痛みが走った。

「……!?……ぐ……ぅ」

反射的に押さえるとぬるりとした感触。

「いやぁぁぁぁ!!」

エミリの悲鳴。
同時に全身から力が抜ける。

グニャリと歪んだ視界に映る男の手には、赤く染まったナイフ。

何だよこれ……夢、か?

焼けるように熱い傷口。
生温かい鮮血に染まった、自分の手を見る。

いや、夢じゃないかも……?

倒れたところに、さらに追い打ちをかけるように棒か何かで殴られたが、避けようもない。

「——!!!」
エミリがすぐ隣で何か叫んでいるが、聞き取れない。

くっそ……エミリを……!
でも身体は全くいうことを聞く気配がなかった。

「に……逃げろ……エミ……」

次の瞬間。
エミリの悲鳴が急に止んだ。

何だ……どうした……?!

眼だけを動かしてエミリの姿を探すが、どこにも見つけられなかった。

痛みでうまく呼吸ができない……。
体を丸めて耐えるしか……。

頭上から声が降ってくる。
「はッ。なんだよ、ただの弱っちぃガキじゃねぇか。魔法使えるからってビビって損したじゃねぇか」

さらに蹴られたが……もはや痛みは感じなかった。

それよりも急に寒くなってきた。
それに、なんか暗い……?

「おい、こいつプロテクターつけてねーぞ。やりすぎんな」
「へいへい」

落ちていく意識の中で僅かに聞こえた奴らの声は、ずいぶん遠くに感じた。

「王女は確保した。さっさと帰ろうぜ」

……王……女……?


11‐2 エミリ視点

暑くも寒くもなく心地よい。
とても静かな場所……。

フワフワして……まるで海の中に漂っているような。平衡感覚が少し曖昧なのかもしれない。

私はおそらく、ベッドに仰向けになっている。

そっと目を開けると……見覚えのない天井だった。
薄暗い間接照明。

ゆっくりと周りを見渡してみる。
部屋には窓はなく、ベッドと小さなワードローブ、シンプルな机と椅子。

見たことのない場所。
どこかの宿屋の一室……?

ここ、どこだろう。

頭の中がぼんやりする。
夢と現実って……どうやって見分けるんだっけ?

ええと……。
なんで私……?

「……!」

急にフラッシュバックする、映像と感覚。
ランダムに浮上する記憶の断片。

地面に落ちる、赤い……血?
ボタボタと、まるで水の入った袋に穴をあけたみたいに。

こんなにたくさん血が出たら……!

心臓が早鐘を打つ。
自然と呼吸が浅く速くなっていく。

ユウトが糸の切れた操り人形のように、地面に崩れ落ちて——。
「!?」

何が起こったの……?

記憶の断片は次々と立ち上がり、意識があっちこっちに拡散する。

……冷静に、落ち着いて、思い出さなくては。
他の情報を無視して、ユウトに意識をフォーカスしていった。

左の脇腹……確認するまでもなく深い傷を負っていて。
そうだ……ナイフで……!

思い出した。
あの時点で、すでにかなり出血していた……。

必死で止血しようと、慣れない治癒魔法を試みたはず。
一瞬だったから、上手く行ったのかどうか確かめられなかった。

その直後、意識が落ちたから。

後ろから口をふさがれて……あの甘い匂いは、麻酔……?

眠らされて。

それでこんなところにいるってこと?
なぜ……?誰に?

急に不安がこみ上げてきた。

自分自身の両手両脚を僅かに動かして確認する。
拘束はされていない。

衣服も乱れた様子はなく、怪我もしていないようだ。

誘拐犯の目的は暴行ではないのだろうか?

そもそもここは、どこ……?
ユウトはどうしてるんだろう……。

……怖い……。
……帰りたい。

突然。
トントン、とノックする音。

「!?」

……あのドアだ。

「お話があります。入ってもよろしいですか」

……??
少年のような声だった。

慌てて体を起こすと、頭が痛んだ。
少しクラクラする。

こういう場合は……どうすればいいんだっけ……?

まだうまく頭が回転していなのかもしれない。
落ち着いて。

とりあえず、髪と衣服を軽く整えてから応える。

「どうぞ」

静かにドアが開く。
部屋を訪ねてきたその声の主は、想像の通り少年だった。

大人びた雰囲気……もしかしたらミュータントなのかも知れない。

肩口でひとつに束ねられた長い黄緑色の髪。
冷めたような表情だけれど、深い紫色の瞳はしっかりと視線を合わせていた。

部屋に訪れた少年

白衣。
ということは医者……か、科学者?
清潔感のある服装からは几帳面で真面目な印象。

無表情のまま、彼は口を開いた。

「手荒なことはしたくありません。大人しくしていてください。……体調はどうですか?」

挨拶も前置きもない。
感情を乗せずに結論から話すこの人は、きっと論理的で無駄を嫌うタイプなのだろう。

静かで理知的な雰囲気で、とても誘拐などするような人物とは思えない。

「この部屋のものは好きに使って構いません。シャワーとお手洗いはあちらです。着替えも新しいものがそこのクローゼットに用意してあります。申し訳ないですが、監視はさせていただいています」

意外に親切な対応だった。

だけど……なんか怖いのはどうしてだろう。
無表情だから?

彼は用意周到で、一切の隙を見せない。

「もし何か困ったことがあれば、ドアのそばで見張りに声をかけてください」

乱暴に連れてきた割に、監視以外はまるでゲストのような扱い。行動に一貫性が見られないのも、なんとも不気味な感じがする……。

相手の考えを読めない不安からか、質問は無意識に口をついて出た。

「……目的は、何……?」
「答えられません」
やっぱり、即答だった。

私の言動なんてすべて予測済みなのだろう。
ここまでの観察から、そんな気がしている。

帰りたいなんて騒いだところで、もちろん帰してくれるわけもない。
下手に余計なことを訊いたら、会話を打ち切られるかもしれない。

だったら一番気になっていることを訊かなくては。

「……私の兄は、どこに……?」

ユウトも一緒に連れてこられて、もしかすると別室に監禁されているのかも知れない。
とにかく怪我の状態が心配だった。

答えは、ほんの少し間を空けてから返ってきた。

「……兄?」
今まで表情の無かった少年は、僅かに眉を動かした。

11‐3 ユウト視点 

「う……」
痛って……!

突き刺さるような身体の痛みで目が覚めた。
見慣れた宿の、自分の部屋だ。

窓の外は……暗い。

深く呼吸すると脇腹が痛む。
なんだ……?

ベッドに寝転がったままで自分の身体をスキャンする。

内臓がちょっと痛んでる。
それに……またあばら折れてる……。

折れてた骨をとりあえず繋ぎ、周辺の損傷を治す。

気分はあまり良くない。
MPはあるが、循環が良くないみたいだ。

ええと……何でケガしてるんだ?
身体の色んな所に、細かい擦り傷があるのに気づく。

どうしたんだっけ……?

「……そうだ!!……う、痛ッてぇ……」
飛び起きたらあっちこっちに痛みが走ったが、それどころじゃない。

思い出した。

路地裏で変な奴らに突然襲われて……エミリが……!
あの後どうなった……!?

なんでオレはここに……。

「ユウト……!起きたぁ!」
「うゎあ!?」

え、ジュリちゃん?……がこんな近くに。

「あぁ……よかった!生きてた!」

目を潤ませながらも安堵した表情で、彼女はオレの手を取っている。

もしかして、ずっと付き添っててくれた……のか?
う……嬉しい……。

それにさっきからわずかに身体の中を循環してる、この不器用な感じの波動……。これはきっと……。

「もしかして、回復魔法かけてくれたの? ジュリちゃん」
「え、そんなのわかるの?」
ちょっと照れた表情が可愛らしい。

「わかるよ~、親しい人ならね! スゴイなー、いつの間にこんな上達……」

急に彼女はスッと立ち上がり、くるりと背中を向けた。
「ユウトが、死んじゃいそうだったから! やるしかなかったんだよ……!」

背中を丸め、手で顔をこするしぐさ。
もしかして……泣いてるのか?

「血まみれだし、お医者さんもいないし、治癒魔法なんて使える人いないし、あたし本当にどうしたらいいか……!」
怒ったように、しかし涙声で叫んだ。

「……ジュリちゃん……!?」

この反応は予想できなかった。
そして自分の想像が至らなかったことが、急に恥ずかしく思えた。

傷なんて治せばいいと思ってたけど。
オレ自身が倒れちゃったら、こういうことになるのか……。
そうか……そうだよな。

「ごめん……心配かけて。助けてくれてありがと」
「……うん」

ジュリアは後ろを向いたまま少しの間グスングスンとしゃくり上げていたが、そのまま「顔洗ってくる」と部屋を出て行った。

オレが貧弱なせいで、彼女に負担をかけてしまった。

まさか泣かせることになるなんて。
思いもよらなかった。

……もっとオレ、強くならなきゃ。

少しして、彼女は帰ってきた。
目はちょっと赤いけど、スッキリとした顔をしていた。

「ご飯もらってきたよ。お腹すいてるでしょ」

その手には大きなトレー。
料理がたくさん載っている。

マスターが作り置き料理や、すぐに食べられる物を盛り合わせてくれたみたいだった。

「おおっ! 気が利くねぇ。サンキュー!」
ちょうどお腹が減ってたところだったのでとてもありがたかった。

「食べながらでいいから、何があったか話して?……エミリはどうしたの?」
「そうだ!エミリが!」

11‐4

食事しながらで行儀が悪いが、こうなった経緯をジュリアに話した。

ガラの悪い男2人に突然ナイフで刺され、なすすべなく一方的にやられたこと。
さらにもうひとり現れて、エミリはおそらく連れ去られたこと。

「そういえば……やつら変なことを言ってたな」
「??」

「……『王女』……とかって……」
「……!!」

ジュリアは一瞬驚き、それから険しい顔で黙り込んだ。

そういやこないだ店で飲んでたシバ兄も言ってたな……王女がこの町に滞在しているとか。

「もしかしたら……奴らはエミリのことを王女と勘違いしたのかも?」

エミリに、似ているのか……? 確かに歳は近いけど……。
だけどそもそも王女がどんな姿なのか、見たことがないからなぁ。

「……王女様ってさ、どんな感じなんだろ?」
一応、訊いてみる。

目をキョロキョロさせながら、彼女は首をかしげた。
「あぁ……ううんと……ど、どうかな」

まぁ、普通なら知らないよね。
名前でさえ公式な発表がされていないから、数パターンの噂が出回っている。

ハッと気づいたようにジュリアがこっちを見た。
「……ねぇユウト。エミリが誘拐されたのは、王女と間違われたからなのよね?」

「たぶんそう思う」

「それってきっと犯人は国王に対して、身代金とか何らかの要求をしようとしてるんだと思う。だから殺さずに誘拐した。だとしたら……もし連れてきたのが王女じゃないってことがバレたら……ヤバいんじゃないかな?」

ジュリアは青ざめた顔でうつむいた。

確かに……!
奴らにとっては「王女」でなければ意味がない。
つまり、王女でないなら……生かしておく必要がない。

考えたくもないけど、可能性は充分ある。
相手がどんな奴かは分からないけど、少なくとも、見知らぬ相手に一方的に怪我を負わせて何とも思わない連中だ。

鼓動が速くなるのを感じる。

意識して呼吸を深くする。
「大丈夫、今のところはまだ……大丈夫だと思う」
ジュリアを安心させるため、というより自分の冷静さを保つために口に出した。

でもただの苦し紛れじゃなく、無事だっていう根拠はある。
さっき、エミリの生体波動を見つけたんだ。

兄妹だし、慣れ親しんだ波動は離れていても感じるとることができる。
かなり離れたところにだけど、反応はあった。

こういう場合、騎士団に救出を依頼するのが普通だろう。
でも彼らはとにかく目立つし、動き出すまでに時間もかかるんじゃないか……?

それに、一般市民ひとりのために動いてくれるかどうかもわからない。

とにかく、事は一刻を争う。
王女でないことに奴らが気付く前に、今夜のうちに連れ戻した方が安全なのは確かだ。

……でも、危険じゃないか?

オレらはただの一般市民だし……犯罪者と戦うことなんてできるのか?
もし、失敗したら……。

「早く……助けにいこう?」
ジュリアがこっちを見て心配そうな表情で訴える。

オレだって本当は早く行ってやりたい。

きっと不安だろう……。
何をされるかわからない、恐怖。

エミリの心境を思うといつまでもこんなところでモタモタしてる場合じゃないのに。

分かってる。
間違えるのが怖いんだ。

やっぱりあの時こうすればよかった、とか後悔しそうで。

いつもそうだ。
オレは何かを決めるのが苦手なんだ。

もう一度、冷静になれ。
必死に言い聞かせて、無理やり頭を回転させる……。

「さ、最善の……方法は……」
どうすればいい……?

…………。

「だぁぁぁ!もぉぉ!」
突然、叫び声をあげながらジュリアが立ち上がった。

「いつまで悩んだって、どれが最善かなんてやってみなきゃ分んないじゃない! とにかく居場所を突き止めて、乗り込んで連れ戻せばいいのよ! ウダウダやってないで、行くよ!!」

「……!!」

” やってみなけりゃ分かんない "

そうだ。
確かに、やる前に正解なんてわかるわけない。

ジュリちゃんの言う通りだ。

何やってんだオレ。
頭の中であらゆる選択肢を検討してるようで、ただ言い訳をアレコレ探しているだけじゃないか。

想像は無限にできるけど、あくまで想像でしかない。
実際に進んでみて結果が確定するまでは、つまり不確定なんだ。

選んだルート以外の結果はどうやったって確認することができないし、結果が確定してから戻って選び直すこともできない。

なんかの本に書いてあった、よくわからない一節を思い出した。
「世界線は無限に存在し、あらゆる瞬間が分岐点である。戻ることはできない。我々は常に選択し進み続けるしかできないのだ」

もしここで選ばなければ「選ばなかった」という選択肢に自動的に進むだけだ。
だったら……。

「わかった、行こう」

……考えてる時間がもったいない。

今ここでオレができることは、自分で何とかできるルートを選ぶこと。他人に丸投げして遠くから見てるだけなんて、それだけは無理だ。

何とかなるまで何とかするしかない……よな。

「よっし!!そうと決まれば……ボッコボコにしてやるんだから!」
彼女は拳を握りしめ、今にも殴り掛かってきそうな形相だった。

怒りの矛先が自分でなくて良かった……と反射的に思ってしまう自分が情けない。

エミリの波動をたどれば、場所は分かるかも。

「テレパシーで呼んでみる。うまくいけば向こうの状況も掴めるかもしれない」


11‐5

時刻は……22時すぎ。
神妙な顔をして見守るジュリア。

「テレパシー」は特定の生体波動にチャンネルを合わせて、感覚……主に聴覚を共有する魔法。会ったことのない人は当然無理だけど、よく知った相手であれば繋ぐのは比較的簡単だ。

ベッドの上に、きちんと座りなおす。
「まずは場所を突き止めないとな」

重力と地磁気を目安に位置を割り出すため、身体が曲がっていてはうまくいかない。
呼吸を整え目を閉じ、エミリの波動をイメージする。

無限に遠くまでグリッドの走る、青ざめたイメージ空間。
まずは、全方位に対して検索する。

無限に広がるユウトのイメージ空間

遠くの方に、かすかに光の点が灯る。

いた……!

意識を集中する。
イメージの中で近づいていくと……だんだん人の形に、そしてエミリの顔が見えてきた。

「エミリ!」
近くに行くと、目をつぶっているのが分かる。
意識が沈んでいるみたいだ。

波動は……安定している。
つまり肉体的にも精神的にも酷い傷を負っている、ということはない。

「エミリ? おーい」
彼女の意識に呼びかける。

反応がない。
まさか……昏睡状態、ってわけじゃないよな……!?

さらに強く呼びかける。
「エミリ! 大丈夫か?!」

するとエミリは、ゆっくりと目を開いた。
「ん……ユウト?」

あぁ……! よかった。

「ん……ちょっと、寝てたみたい」

なんだ寝てたのか。
とりあえず無事みたいでよかった。

「あーあー……聞こえるー?」
「うん、聞こえるよ」

「いま、どんな状況?」
何も分からないのでザックリとした聞き方しかできない。

「......そうだ! ユウトは怪我、大丈夫なの? 今どこ?」
エミリは今やっと目が覚めたような調子で言った。

「あぁ……ジュリちゃんが運んでくれて、いま自分の部屋にいる。あの時、止血してくれて助かったよ。ありがとう、怪我は大丈夫だよ」

そう。あの時……あの混乱した状況で。
意識が落ちる直前まで治癒してくれていたんだ。

エミリはフワフワして見えて、時々すごく冷静だったりする。
兄であるオレでさえビックリするほどに。

「うん……そっか……良かった」
エミリはホッとため息をついた。

それから彼女は、青いイメージ空間の中で周りをキョロキョロ見回している。
視覚は共有してないから、オレには周りの景色は見えない。

「こっちはなんかね……窓のない、薄暗い部屋に閉じ込められてる」
「やっぱり誘拐されたんだな……縛られたりしてるのか? 寒くない?」

「ううん、大丈夫。縛られてない……今のところは何もされてないよ。監視はしてるって言ってたけど、今は部屋に私一人。周りの様子は……調べてないけど、外の音とか何も聞こえないから、もしかしたら……地下室なのかも?」

「すぐに助けに行く」
あんだけオレをボコボコにした輩だからな……何しでかすかわからない。

「ふふ……ありがとう」

「オッケー、じゃ作戦立てよう。ちょっと待って」

目を開けて、現実世界に戻る。
意識を繋いだから、もう目を開けても大丈夫。

「ジュリちゃんちょっと、耳かして」
「え、耳ってなに?どういうこと??」

左耳につけていた、魔法石のついたイヤーカフを外す。
「これつけて。オレたちの会話が聞こえるようになるから」

青い魔法石のイヤーカフ

普段からノイズ軽減やMP節約のためにつけているアクセサリ。

魔法石は使用者の波動に慣れる……というか馴染んで、使い込むほど立ち上がりのタイミングなどもうまくシンクロするようになる。

コイツもオレの波動循環に慣れているから、少しくらい離れても惰性でMPが経由するはず。

「よ……と、あれ?……ううん……鏡ない?」
アクセサリをつけることに慣れていないのか、ジュリアは苦戦している。

「つけてあげる」
代わって装備させてあげよう。

「ふ……ふひひ、くすぐったい」
彼女はくすぐったそうに身をよじる。
緊急時でもなければ楽しい場面だけど、今はそれどころじゃないのが残念だ。

よいしょ。
……OK。

「ジュリちゃんは普通にしゃべっていいからね。オレの聞いてる音がエミリにも聞こえてるから」

彼女はコクリコクリとうなづく。

「ジュリア? 聞こえるー?」
「……エミリ!? わぁ! 聞こえる……え、どっから聞こえてるの? 不思議!」

うふふ……聞こえるみたいね、とエミリ。

「ええと、そうだ。早速だけど、敵の数とか武器とかはわかる?」
ジュリちゃんは戦う気満々だ。

「んー……気がついたらもうこの部屋に寝かされてて……」

「襲われたときは2人……いや3人だったよな……その後は?」

「あ、さっきね、1人部屋に来たの。上品そうな、ちっちゃい子で……っていうかたぶんミュータントかも」

「ミュータント……。魔法使うのか?」

ミュータントは平均的に魔法適性が高いらしい。
相手が魔法使いだとすると……こっちの魔法がブロックされたり対策される可能性がある。厄介かもしれない。

「分からない。でも丁寧な口調で、おとなしくしていれば手荒なことはしないって」

「そんなの信用できないな……!現にオレはボコボコにされたし」
というか死にかけたし!

「全部信じるわけじゃないけど、少なくとも私には、嘘をついてるようには見えなかった……」

……ううん……エミリがそこまで言うなら、もしかしたらそうなのかもしれない。人の中身を見る力は、オレなんかにはぜんぜん敵わない。

ジュリアはオレの方に身を乗り出しながら言う。
「とりあえず今は、抵抗しないでおとなしくしてて。こういう時は犯人が逆上するのが一番危ないの。下手に刺激しないように……」

「ジュリちゃん、やけに詳しいじゃん?」
「や!べ、別に……!前に、何かの本で読んだ気が」

「ミステリー小説とか?」
「あぁ~っと、そ……そんな気もする、かも」

彼女は変に知識が偏ったところがあるんだよな……。
なにか特殊な趣味とか持っているのかも知れない。

「まぁでも、4人くらいならあたし一人でも大丈夫だと思う!」
ぶっ飛ばしてやるとばかりの気迫で拳を握り締めるジュリア。

「ちょ……! 」
大丈夫じゃないよ!
ここは止めないと。

「いやいや、 相手はどんな武器持ってるか分かんないんだよ?」

「そうそう!力づくはダメよ!なるべく穏便にいきましょ」
囚われているエミリ本人も慌ててなだめに入る。

「ぅ……。あ、そう?」
ちょっとショボンとしてしまったが、落ち着いてくれたようだ。
結構、なんでも力任せなとこあるよなぁ……ジュリちゃんは。

相手が素手なら勝てるかもしれないけど、向こうの情報が何もないだけに油断はできない。

それに……これは試合じゃない。

「できれば、見つからないようにコッソリ行ってコッソリ帰りたいよな。暴れるのは最後の手段ってことで。でもな……地下室かぁ……」

忍び込むにはあまり都合が良くない……。
高い塔の上とかだったらまだ入りやすかったんだけどな。

「……ぽいっていうだけだけだよ? 眠らされてたから、部屋の外の様子はぜんぜん分からないよ……」

だよな……。
でも無理に状況を嗅ぎまわるのも危険だ。
ジュリアが言うように、ヘタに刺激してしまうかもしれない。

とにかく、エミリを1人にしたくない。
一刻でも早く、合流したい。

根拠はないけど、一緒にいれば何とかなりそうな気がもする。

でも戦闘は避けたいから、正面玄関以外から入ってエミリのところまで行かないといけない。

高い所なら飛んで窓とか屋根からアクセスできる。
地下なら……穴を掘って……?
いやいや、そんなバカな。

土系魔法とかオレには無理だし。
手掘りしてたら朝になっちゃうし。

ううん……何かいい手は……。


オレの頭の中では、建物を縦に割った断面図が展開されていた。

建物上階に鬼が複数、入り口も門番がいて。
地面の下の一角にエミリのいる部屋がある。

ここの、壁を通り抜けれたらいいのになぁ………。

「……!」

突然降臨した。アイデアの神が。
あれ、これなら……いけるんじゃね?

2回ほどシミュレーションしてみてから、意を決してオレは、この斬新な手を提案してみる。

「近くに行ってからテレポートで飛んでみようか」

テレポート。
つまり物理的な距離や遮蔽物を無視しての瞬間移動。

「え、ユウトそんなのできたっけ? 難しいんじゃない?」
エミリはびっくりした様子。

実は内緒でちょこちょこと練習を重ねていたのだ……!
だがしかし……すでに9割がたは完成しているんだぜ。

まぁ、心配するのも無理はない。
この魔法は、座標を指定する必要があるから。

もしも着地点が大きくずれた場合、上空に放り出されたり地中に埋まってしまったりもあり得る。
ひどい場合は宇宙空間に出てしまう可能性もないわけではない。

簡単そうに見えて意外と危険な魔法だったりする。

ただし、移動先にいる人間の「生体波動」を頼りに座標を指定すれば、大きなズレを防ぐことができる。
それをついこないだ発見したとこだった。

「意識を繋いで、そっちから引っ張ってくれればできると思う」
「……オッケー」

テレパシーで意識を繋いだ状態で行えば、精密さは格段に上がる。
物理的な距離が近ければMPもそんなに消費しないから、近くまで行ってからやれば負担も少ない。

「ほんじゃぁ、準備してすぐ行く。近くまで来たらまた呼ぶから。1時間半……くらいはかかると思うけど」

「エミリ、待っててね。あたしが絶対助けるから!」

「……ありがとう。待ってるね」


接続を切った。
とにかくエミリが無事で、本当に良かった。

「よっし!!すぐに出るよッ!」
ジュリちゃんも身支度をしに自分の部屋へ戻っていった。

オレも早く準備しよ……!

MPを温存するため、自分の身体の治癒は最低限に留めておこう。
細かい傷は……絆創膏を貼っとく。

アクセサリは……。
ノイズ抑制と整波動の効果が高いものを選んだ。

テレポートは座標を正確に指定する必要があるため、相手の波動をクリアに感知する必要がある。

相手の波動にモヤがかかったような状態だと、移動先の位置がずれてしまう。一番難しいところだ。

ジュリアも一緒に飛ぶことになるから、ここは万全を期さねばならない。

あとは……何があるかわからないから、オートで発動する防御系の護符を何枚か描く。

……2人にはあえて言わなかったけど、気付いているのかいないのか。

テレパシーを繋いで飛ぶってことは、戻る時は使えない。

つまり、片道切符ということ。

ま、もともとMPもそんなに余裕があるわけじゃないから、1回テレポートしたら帰りの分はない計算だけどね。

そこは自力で何とかするしかない。
3人いれば……きっと何とかなるはず。

そう言い聞かせて、部屋を出た。

夜中だし、奴らも寝ているなら今のうちがチャンスだ。
早く……早く助け出してやらないと。


◆◆ 第11話 「日常のカタストロフィ」終わり

あとがき


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今回から新章が始まります。
5~6話に渡ってのエピソードの予定。

書き始めた当初から予定していたキャラとストーリーを基軸にして肉付けして、脱線しつつも色々盛り込みながら書いていきたいと思います!

ユウトの魔法バトルやジュリアの魅力、二人のバトルにおけるコンビネーションなどを考えてます。

最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
次回もお楽しみに!!
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