マガジンのカバー画像

固有の場所をもたないアートギャラリー ayatsumugi

14
2021年6月設立。場所を持たないアートギャラリーayatsumugiができるまでと、展覧会をつくり、作品を販売する現在をお伝えします。 https://www.ayatsum…
運営しているクリエイター

#アート

アートプロジェクトの発信拠点との出会い

ギャラリーを辞めて次のキャリアを考えなければならなくなった時、自分がいかに環境に甘えて、…

友川綾子
1か月前
35

ギャラリーを辞めてこの先どうする? 迷走期

通っていた通信制大学の卒業時期が明確になってきた頃、ギャラリーを辞めました。ですが、次に…

友川綾子
5か月前
12

仕事ができるギャラリストってどんな人?

こんにちは。gallary ayatsumugiの友川です。いま私は固有の場所を持たずにギャラリーを経営し…

友川綾子
8か月前
21

銀座の洋画商で働きはじめる

京都芸術大学の通信で芸術学を学びながら、私はひょんなきっかけで銀座にあるギャラリーヤマネ…

友川綾子
9か月前
34

デッサンは視覚認知力の筋トレ。よりよく絵を観るためには、描いてみればいい

京都芸術大学では、卒業単位の必須要件ではない制作系の講義もいくつか受講しました。なかでも…

友川綾子
10か月前
36

視覚と感覚を言葉にする芸術学の世界

思い出すほどに充実していた京都芸術大学での学び。レポートの提出のみならず、通信学部にはス…

友川綾子
10か月前
39

アートの世界で生きるために、通信制大学に入学した

Bunkamura Galleryに勤めて、アート業界で生きていきたいと思うようになりました。人に魅力を感じたからです。 私が20代の頃(2000年代のはじめごろです)は、今よりもっと人生に「周囲からの期待」というレールが、明確に存在していました。友人たちも期待に応えて、存分に実力を発揮し、期待のレールに乗っかっていました。けれど、彼らにはなんだかどうも人間味が欠けているように、私には思えていたのです。 一方で、Bunkamura Galleryで出会うアーティストや取引

ギャラリスト修行での失敗談

最初に務めたギャラリーBunkamura Galleryには、スタッフが10名ほどおり、毎回誰かとペアにな…

友川綾子
10か月前
8

作品が売れることと、美術史のなかで評価を勝ち取ることの非対称さ

作品を破損したらマグロ漁船で出稼ぎしてこいBunkamura Gallery の上司はなかなか癖の強い方…

友川綾子
11か月前
18

Bunkamura Galleryでアートが売買されることの不思議さを考えた

私自身のキャリアの紹介も兼ねて、なぜいまこのような「固有の場所をもたない」ギャラリーとし…

友川綾子
1年前
10

パリからはじまる、gallery ayatsumugiができるまで

まずちょっと長くなりますが、私自身のキャリアの紹介も兼ねて、なぜいまこのような「固有の場…

友川綾子
1年前
12

会社設立2周年です。これまでのあゆみ。

本日創業2周年を迎えました。続けることが目下の目標です! noteをご覧のみなさま、こんにち…

友川綾子
1年前
22