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スカーレット110話 | 感想

今日は土曜日ですか?

放送が終わり、いつもの癖であさイチの朝ドラ“受け”を待っていた私は、始まった「ためしてガッテン!」に、「あぁそうか今日土曜日か。めまぐるしかった(ストーリーが)もんな」という変な納得をし、そこから発展して「あれ?チコちゃんじゃないんだ?」という思考回路に陥った。チコちゃんに叱られるの再放送は土曜日の朝ドラ後だからだ。

今日は、火曜祝日です。

理想の死に方を語るマツさんに、(まだそんなフラグたてなくていいよマツさん…)と思った翌日冒頭。
早速、マツさん理想通りおしゃべりの最中に眠るように逝く。

容赦ない。

そしてやっぱりスカーレットらしく、お葬式どころか、喜美子が悲しむシーンも、なーーーーんにもなし。

容赦ない。

あっという間に3年半後にワープ、「ひとりの食事にも、慣れました。」というナレーションでおしまい。

手練れのスカーレット視聴者は鍛えられているので、こんな展開のときはさっと身構えるのである。これは…ここに時間使っている暇はないのだという意思……何か…ある…。と。

案の定それはすぐに来た。
八郎さんからの電話だ。

すっかり立派な関西のおばちゃんに成長した照子(くるくるの髪型はメグ・ライアン風らしいです、大島優子さんご本人が言うてた)の、「ピッチピチやでぇ~」のセリフに附随する動作“お尻クネクネ”に爆笑しながら、内心は「来る……きっと来る…」という恐怖に怯える。

そしてついに八郎さん、川原家に現れる。
玄関に立つ八郎さん。
そんなの当たり前だったはずなのに、見慣れた光景だったはずなのに、ものすごい違和感があり、震える。

きちんとしたスーツに、きちんとしたベージュのコート。ザ・サラリーマン。ザ・おじさんである。髪型は七三分け。時代を感じる。あの八郎さんは、40代の立派なおじさんに成長していた。

40代であり母である喜美子なんだ、と納得させられる戸田恵梨香さんの演技にもおそれいったけれど、今日の放送を2回見て、やっとわかったことがある。初回は二人の対面に興奮し過ぎて、ちゃんと見れて無かった。

八郎さん、清く正しく中年化している。

お茶の飲み方がおじさん。背中のまるみがおじさん。喋りながらたまに舌打ち系の音が出ちゃうおじさん。眉間にシワ寄せるおじさん。喋るときの口の動きがおじさん。なんなら加齢臭がしてくる気さえする。松下洸平さんはかっこいいと思っている私なのに、画面を見て、このおっさんは…と思っている。

(劇中の八郎さんと私は、年齢ほぼ変わりませんが)

綺麗なお顔だちのくせに絶対手拭い汗臭いやろと思わせてきた今は亡きお父ちゃん、北村一輝さんの名演にも感心したけれど、松下洸平さんもやべーなおい。

私は離婚の経験がないけど(結婚もないけど)、離婚後に再会したふたりの「会話がリアルだ」と言っておられる方が結構いらしたので、あの敬語の応酬は、リアルということなんだろう。

ただ、八郎さんは、たまに敬語がくだける。
まるで、喜美子と出会った頃のように。
少し仲良くなってきて、頑なに「川原さん」と呼びながらも、半分くらいタメ口が出るようになったあの頃の八郎さん、そのものだ。

でも、あの頃先に敬語を崩し、「喜美子、呼んで」と言い出した喜美ちゃんのほうは、頑なに敬語を崩さない。

「終わった話です。」と、外面は冷たくも感じる声で言い切った喜美子の、内面は全然終わっていないのを私たちは知っている。

「終わった話です。」の直前、感情が揺さぶられ一瞬あの頃と同じ口調が出た喜美子は、そうやって甘える資格なんか自分にはないと、まるで自分に言い聞かせるように「終わった話です。」と言っていた。そのように、聞こえた。

そして八郎が帰る場面。
無音のなか、八郎の砂を踏む足音だけが聴こえ、ゆっくりと遠退いていく。

日本全国の熱心な視聴者の皆さんは、お付き合い前の八郎が喜美ちゃんの宝物たる“陶器のカケラ”を見るために、初めて川原家へやって来た日のことをどうしても思い出してしまう場面だったろう。

あのとき、お見合い大作戦に行くと言って帰った八郎。いちど見送った喜美ちゃんだったけど、決心をして、追いかけて行った。それがふたりのお付き合いの始まりで、追いかける決心を促すように、優しく背中を押してくれたのは、マツさんだった。

そしてマツさんはもう、居ないのだ。

冒頭で亡くなってしまったことが、こんな形できいてくるとは…。

帰り際の「ヘックシュン」のくだりよ。
あぁやっぱり八郎さんは、喜美子のことを静かに愛しているんだなと思った。知らんけど。でも、そう思った。

八郎が出ていった玄関を、いつまでも見つめて立ち尽くす喜美子。

追いかけたあの若き日は、最終的には追いかけたけれど、最初見送ったあとすぐは、他のことを始めようとしていた喜美子。

今日は、追いかけなかった。けれど、見送ったその場所からは一歩も動けずにいた喜美子。

その引きの映像が。ストーブが。ひとつしかない机が。もう喜美子しか住んでいない静かな、独り暮らしには広すぎる家を強調する。

希望の光がうっすら射したような、復縁の扉が閉ざされた絶望のような、いかんともしがたい数秒間だった。喜美子の引きの映像は、15分しかない朝ドラにして、かなり長かった。そういう表現に、作り手さんたちの覚悟が伝わる。視聴者を信じて、余白をもたせてくれている、そんな気がする。

チョコレートを食べたのに、口のなかに残る苦味のような。それが、公式アカウントさんの「オフショット」でいくぶんかほどけた。

喜美ちゃん「だから、(ヘックシュンは)うちやありませんて…」
の図らしいです。この写真はふたりともちゃんと若く見える。すごい役者さんたち。

そうです。
これくらいのアメがないと、しんどくて、3月末まで体力持たない。がんばろう。がんばろうみんな。(誰?)

ここまで喜美子を連れてきてくれたのは思えば全部あの陶器のカケラだった。荒木荘で励まされ、専門家に見てもらう機会に価値があるものだと知り、八郎さんとの仲を深めるきっかけとなり、穴釜をやる決意に導き、成功を見守ったカケラ。

穴釜成功のあとは、もうお役御免なのだろうか?喜美子を八郎さんの側にもう一度連れていってほしいんだけどな、と、私の勝手だけど、そう思っている。

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