見出し画像

【オリジナルSS】薬草魔術師の調合日誌 02

バレンタインデーも近いので、
「恋の時期」をテーマにした700文字の短いお話です。




 存外にも「惚れ薬」というのは、高価なものである。

 街は「恋の時期」とも呼ばれるような、冬の季節のささやかなイベントによって、落ち着かない雰囲気が蔓延していた。

 まだ独立したばかりの「薬草魔術師」であるヴェリディの元にも、惚れ薬を調合して欲しいといった依頼書が数件届いたり、工房へ直接依頼を持ち込むお客が数人やってきたりする。

 ヴェリディはそれらを、すべて断っていた。

 理由は様々あるが、師匠からの教えを守っている、というのが最たるものだった。恋の病につける薬というのは、残念ながら存在しないのだ。

 だが、あくまで提供しないのは惚れ薬そのものだ。

 今日もまたひとり、街に住む気弱で奥ゆかしい少女がヴェリディの工房へやって来た。例に漏れず、恋を成就させるための惚れ薬を求めて。

「残念ながら、惚れ薬の調合はすべて断っているんです。成長途中の子どもの身体には、良いものではないですから」

 望みが断たれたように落胆する若いお客様へ、ヴェリディは「でも……」と代わりの提案をする。

「想い人に告白する『勇気』が、ちょっぴり湧くような商品ならありますよ」

 恋する少女はたった1枚の銀貨と引き換えに、小瓶を握りしめて街へと戻って行く。

 告白が失敗しても、薬のせいにすればいい。
 告白が成功したなら、薬のおかげだと思えばいい。

 だけど、あの少女が一度でも勇気を振り絞ったなら、これからもあの薬に頼ることは起こり得ないだろう。

「だってこれは、ただの甘い栄養剤だからね」

 薬が人の気持を変えるのではない。
 人の気持を変えるのは、その人自身だ。

 それは、ヴェリディが大切に守り続ける、師匠からの教えのひとつだった。

〜 おわり 〜

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?