【タコの文化的側面】


 次は歴史や伝承、文化的側面からです。先ず、その名の由来から。諸説ありますが有力なのが『多股』。もちろんその理由は、足(股)が8本ある→足(股)が多いということからです。なるほどですね。そして漢字としての成り立ちですが、『海蛸子(かいしょうし)』から始まっているとか。これは海に住むクモのような生き物という意味らしいです。それが省略されて『蛸』。本来この『蛸』という漢字そのものが『クモ』のことを表わすそうです。だから部首が『虫へん』なんですね。他には漢字の表記として『章魚』。これは中国で使われている漢字だそうです。『章』は『あや(綾)模様』とか『美しいもの』という意味があるらしく、タコの形がそう連想させるのか? 色が変化するからなのか? とか言われていますが、はっきりした答えはわかっていないようです。因みに日本では漢字として平安時代の文献『新撰字鏡』(892年)や『延喜式』(927年)に『鮹』と書かれているものがあり、それが最も古い表記と言われています。また、英語の“octopus”の “octo”は、古代ギリシャ語で数字の“8”を意味するそうです。

つづいて数え方。1パイ、2ハイ... と数えますがこれは〆られたタコの数え方、つまり死んでからのものです。なんとタコが生きているうちは『ハイ』ではなくて『匹』。ほとんど耳にしたことがありませんね。私も長年タコを扱ってきましたが、つい最近まで知りませんでした。では何故に『ハイ』なのか? その一つの説、タコは軟体動物で元々貝類だったから『貝(バイ)』と数えていたというもの。しかしそれより有力な説としては、イカやタコは胴体の形が容器のような形状だからというもの。例えば聖杯ってありますよね。当にその『杯』からです。丸い胴体で水が入っているような形。それが『杯』の意味だそうです。イカ徳利(とっくり)なんてまさにその形をしています。

 ところで日本人なら一度は考えたことがあるのではないでしょうか? 『蛸』と『凧』について。

「どうして空に舞うアレは『たこ』なんだろう? 何か関係があるのかな?」

明治初期ごろまで『凧』は関東では『タコのぼり』、関西では『イカのぼり』。長崎では『ハタ』などと呼ばれていたそうです。日本の凧は上下のバランスを取るために長い紙を凧の下部に足のように垂らしているものが多く、それがタコやイカに似ているということから呼ばれたという説があるようです。ところでこの『凧』を水生生物の名で表すのは世界の国々の中で日本くらいなのです。英語では『トビ』、フランス語では『クワガタムシ』、スペイン語では『彗星』があてがわれています。それぞれ空を飛ぶものばかり。もちろんそれぞれの国で『凧』がどういった造形のものであるかが大きな要因でもあるでしょうけど、普通に考えれば空を飛ぶものを当てはめることがもっともです。日本人の感覚が特殊なんでしょうか? もしくはイカやタコへの思い入れが強すぎるんでしょうか? ただ、『空を泳ぐ』という捉え方だと納得できる気がします。もし、神奈川県伊勢原市が発祥とされる『蝉(せみ)凧』が日本全国でいち早く普及し代表的なものであったなら、今頃日本では『凧』は『タコ』ではなく『セミ』と呼ばれていたかもしれませんね。

 次にタコと人類。ちょっと大袈裟な言い方ですが、文化(食文化を含めて)的な観点からです。最初にタコを食べる国と食べない国。食べる国としては、中国、韓国、香港、台湾、ベトナム、シンガポール、スリランカなどアジアは多数。でも、インドネシアなどのイスラム国家はタコを食べちゃいけないそうです。フィジーやタヒチ、ハワイなど太平洋の国や地域は比較的食べるようです。中南米ではメキシコ、アルゼンチン、チリなど、アフリカではチュニジア、エジプト、モーリシャスあたりが食べるそうです。そしてヨーロッパではフランス(南部)、イタリア、スペイン、ポルトガル、ギリシャといったところが食べる国です。ヨーロッパの場合は地中海沿岸諸国と言った方がいいでしょうか。例えばフランスだと基本的に南部でしか食べられていません。ただ、昨今日本食が世界各国に広がっており、特に寿司は人気なので、寿司ネタとして食べる人が増えています。そういえば、私の店に来る外国人の多くは、割と普通にお箸を使います。日本に来るくらいだから日本食も好きなようで、自分の国の日本食レストランでお箸を使い慣れているみたいですね。あと、アニメ好きの外国人は女子高生キャラなどがタコヤキを食べている場面を見て、それに興味を持っていることもあるとか。アニメ恐るべし。

 一方、食べないのはイギリスをはじめとする北ヨーロッパの国々。

『クラーケン伝説』

というのがあるくらいですからタコについていいイメージがないようです。この『クラーケン伝説』、またしても私見ですがこれには思うところがあります。

昔の書物や映画で船がクラーケンに襲われるシーンを見ると、クラーケンはほぼ怪物レベルの大きさで、超巨大なタコの姿で描かれています。しかし、そもそもこの伝説のモデルとなった生物はダイオウイカ、もしくはダイオウホウズキイカだったと考えられているそうです。ダイオウイカの場合、大きなものは全長18m以上とも言われ、眼の直径は30cm。現存する地球上の生物で最大の眼を持っています。また一説によるとダイオウホウズキイカはそれよりも大きいと考える学者もいます。そしてその巨大なイカは北大西洋、つまりヨーロッパの海域にも生息しています。かたやタコ類の最大種ミズダコ。足(腕)を広げた大きさは3~5m、大きいとは思うものの、ダイオウイカなどに比べるとかなり小さく、『かわいいサイズ』といってもいいくらいですよね。その上に生息地は北太平洋でヨーロッパの海域にはいません。

「う~ん...。一体どういうことなのか...?」

おそらく... おそらくですよ... あくまでも私の想像ですけど、誰かがダイオウイカとミズダコを入れ替えちゃったんじゃないかと思うのです。何より西洋人、特に北ヨーロッパではタコのことを『悪魔の魚、デビルフィッシュ』なんて言っていますから、クラーケンはイカよりタコのビジュアルの方がしっくりくるのでしょう。元々タコは少々グロテスクな姿形とカメレオンのような色変化、そして脳が発達していて賢い。イカと違って大きな丸い胴体が頭っぽくも見えます。良く知らない人が見たら化け物級の大きな脳を持っていると勘違いもします。悪い意味でその賢さが強調されます。そして何よりその瞳の形状。山羊と同じように横一文字型。その山羊といえばキリスト教における悪魔の一つ『バフォメット』。山羊の頭を持つ人型の悪魔として有名です。タコはその山羊と酷似している瞳を持つわけですから、キリスト教の文化を生活基盤とするヨーロッパ諸国の人々がタコを悪魔に仕立てるのは無理がないのかも知れません。実際クラーケンの絵がイカの形よりタコの形の方がおどろおどろしいように見えるのではないかと思います。これらの事柄からクラーケンがイカからタコにすりかえられたのだと、あくまでも私見ですがそう思います。ところで、現在でもドイツ語ではタコのことをクラーケンと表記しているそうです。そこまで嫌うのもなんでしょうかねぇ...。

 ここまで来ればついでですから書いちゃいます。なぜ19世紀以降、想像上の火星人が『タコっぽい』造形なのか? これもホントにもう... なんなんでしょうね、クラーケンと言い... どれだけイメージの悪いものにタコを被せるのか... って思っちゃいます。まず、タコっぽいものかどうかは別にして、火星に生命体しかも高度な文明を持った生命体がいると思われていたのは18世紀前半より更に前だそうです。18世紀前半には光を使った交信を火星と地球の間で行うことを考えた学者もいたとか。また1877年火星大接近の際、イタリアにあるミラノの天文学者が火星を観察したとき、その表面に線状の模様を発見。それを『溝、水路』と世界に向けて発表したのですが、これが英語に訳された時に『運河』と誤訳されたそうです。火星表面のこの線状の模様は幾何学的な形をしていたため当時の学者の間で人工物と想像され、そのまま『運河』が定説になったそうです。今考えると何とも稚拙に感じますね。ともあれそこから『火星には高度な文明がある。』となったわけです。そうなれば必然的に、

『火星人がいるっ!!』

ってなりますよね...。そもそもがイタリア語から英語への『誤訳』なのに...。人類は思ったより馬鹿なのかもしれません。さて、火星人がいるという過程はともかく、

『なぜそれがタコっぽい造形なのか?』

ですが、これはもうすっごく単純な話。H・G・ウェルズというSF作家が1897年に『宇宙戦争』という小説を発表します。その中の挿絵で描かれていた火星人が当に『タコっぽい』風貌をしていたのです。

「...またイギリス人かよっ!!」

って突っ込みたくなります。一応の根拠はあるらしく、

① 脳が発達していて頭が大きい
② 重力が小さいから細い足で充分
③ 四肢と消化器官は退化して、栄養は他の動物の血液

っと火星の環境を考慮した結果ということですが... やはり突っ込みどころ満載です。とは言え、その後の火星人が登場する小説や映画にはその風貌が『人型』で描かれているそうです。しかしあまりにも最初のイメージが強かったのでしょうか? 『火星人=タコ型』は広く世界中に伝わってしまい結局『タコ型』で定着です。ただ、過程はともかく悪魔・怪物・恐ろしいもの・不可思議なものが『タコっぽい形』に想像されてしまったことは事実です。イギリス人... ちょっと反省する必要あるんじゃないですか? (タコの気持ちになって)


 まぁ、それにしてもいろいろな角度から、なんともいい加減な順序でアレコレと書かせていただきましたが、想像していたよりも多くのことが解明されていないことに私自身も驚きました。まったく面白い生き物です。


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